プラス「10」分のウォーキングから始めるストレス対策
厚生労働省の「労働安全衛生調査(平成28年)」によると、現在の仕事や職業生活に関することで強いストレス(不安や悩み)となっている事柄が「ある」と答えた労働者の割合は、実に59.5%にのぼります。
ストレスの原因は、仕事の質や量、失敗や責任に対するプレッシャーから対人関係までさまざま。4月からの新生活や環境の変化による疲れが出てくる、いわゆる“五月病”で意欲が低下してしまった人もいるかもしれません。
ストレスとは「何らかの要因によって心身に負荷がかかった状態」のこと。ストレスホルモンの分泌などによって脳や身体に影響を与え、ストレスに対処できなくなったとき心身の不調を招くのです。ストレスを軽減するには、趣味に興じたりプライベートを充実させたりと、気持ちを晴らしてリラックスできる時間を作る必要があります。
ストレスによって脳や心が疲労していく
ただそうは言っても働き盛りのビジネスパーソンの中には、日々の仕事に追われてリラックスタイムを十分に取れないという人も多くいるでしょう。まずは下記であなたのストレス状況をチェックしてみてください。
□ 最近、趣味やプライベートに割く時間が少ないと感じる
□ ここ1ヶ月、運動やスポーツをしていない
□ 常に何かに追われている感じがする
□ 寝つきが悪い、または眠りが浅いと感じる
□ 肉体労働をしていないのに強い疲労感を感じる
□ 休日なのに家から出ず、無駄に時間を過ごしてしまったと感じる
上記で複数の項目に当てはまった人は、ストレス状態にあり脳や心の不調を招く可能性があると言えます。
運動や趣味に時間を割けているときは、心理的にも時間的にも余裕があるときではないでしょうか。余裕がないと心が落ち着かなかったり、睡眠に悪影響が出たりします。また、身体はさほど疲れていないはずなのに「疲労感が抜けない」「動くのがおっくう」と感じてしまうのも、強いストレスによって脳が疲れているせいかもしれません。
ストレス発散には「ウォーキング」が効果的
では、こうした疲労感をやわらげ、ストレスを感じないようにするためには、どうしたらいいのでしょうか。「忙しくて運動する時間なんてない!」そんな多くの人に提案したいのが「ウォーキング」です。
ウォーキングはジョギングや水泳、自転車(サイクリング)などと同じ有酸素運動で、長く続けられる運動のひとつです。大事なのは「長く続けられる強度の運動を実施して、その量を今よりも少し増やすこと」。心地よいと感じる強度で有酸素運動を続けることによって、セロトニンなどの神経伝達物質(神経と神経で連絡を取り合う物質)が分泌されるのです。
セロトニンは別名「幸せホルモン」とも呼ばれ、脳の中で感情や記憶を司る部分にセロトニンが伝達すると、精神的な落ち着きが得られると言われています。言い換えれば、セロトニンなどの神経伝達物質が不足した状態だとストレス過多になりやすく、最悪の場合はうつ病などにつながるのです。
”運動”が抑うつのリスクを抑える
(公財)明治安田厚生事業団体力医学研究所の甲斐裕子氏の研究では、「余暇時間にまったく運動をしないグループに比べ、1週間に運動を2時間以上しているグループは、1年後に抑うつになるリスクが約半分に抑えられる」という調査結果があります。つまり「余暇に運動をしている人は抑うつ状態になりにくい」ということが言えるため、仕事上のストレスが高い人こそ余暇での運動を積極的に取入れたほうがよさそうです。
さらに、「運動の実施により仕事の効率化や生産性の向上につながる」という報告も出てきており、職場にトレーニング機器を導入したり、デスクの椅子をバランスボールに変えたりと、さまざまな工夫を取入れている企業も増えています。
とは言うものの、上記のような職場環境ではない人や、忙しい毎日の中でわざわざ時間を作ってウエアに着替え、いきなり本格的なランニングなどを始めるのは「ハードルが高い」と感じる人も多いでしょう。だからこそ、まずは日常的に行っている「歩くこと」に意識を向けて、ウォーキングを実施してみることをおすすめします。
年々減っている日本人の歩数
日本人の歩く量(歩数)は、年々減少傾向にあります。厚生労働省の「国民健康・栄養調査(平成28年)」では、日本人の1日あたりの平均歩数は、成人男性が「6984歩」、成人女性が「6029歩」となっています。今から15年前の平成15年には男性が7503歩、女性が6762歩だったので、実に500歩以上も減っています。
だからこそ、まずは1日あたり「プラス10分」のウォーキングを意識してみましょう。10分歩くと、おおよそ「1000歩」前後になります。今はスマートフォンなどで気軽に1日の歩数を計測できるので、まずは自分がどれくらい歩いているかをチェックしましょう。
その上で、生活における身近な部分に変化を加えることで、歩数を1000歩増やすことはできます。たとえば、都心部であれば「通勤時は1駅手前から歩いてみる」「会社の昼休みに行くコンビニエンスストアを少し離れたお店にしてみる」「仕事中は1階上のトイレを使い、階段を上る癖をつけてみる」「デスクワークが疲れたら片道5分の距離を散歩してみる」といったように、生活の負担にならない程度のちょっとした工夫で「プラス1000歩」は実現可能なのです。
「ストレス解消」を最大化する理想的なウォーキングフォーム
では、いざウォーキングをしてみようと思った際に、気をつけるべきことは何でしょうか。
特に大切なのは姿勢です。上半身を真っすぐに保ち、横から見たときに耳・肩・腰・骨盤が一直線になるのが理想のフォーム。足を開いた際にも、身体の中心の軸がぶれないよう気をつけましょう。「上から吊るされている」ようなイメージで、1cmほど身長を高く見せる意識を持つと、自ずと“いい姿勢”が保たれます。また、姿勢がよくなれば、着地の際にかかとから地面を踏む形となり、目線も自然と上がってきます。視線は15メートル先に置くのがポイントです。
こちらはNG!
疲れているときなど、無意識に前傾姿勢になってしまう人も多いのではないでしょうか。前傾姿勢になっていると、つま先で歩くような形になり、視線も自然と下へと落ちてしまいます。これではパソコンなどのデスクワークをしているときと同様に、使う筋肉のバランスが悪くなって肩や首の凝りにもつながります。普段から猫背になりがちな人は、まずは胸を張って「かっこいい」と自分で思えるような歩き方を意識してみましょう。
「動かないのに疲れる」もウォーキングで解消できる可能性も
そのほかにも、ウォーキングが脳にもたらす影響はさまざまな研究により明らかになっています。近年では、適度な運動がBDNF(脳由来神経栄養因子)というタンパク質の分泌を高め、これにより脳の神経の発達にもつながると言われています。また脳への影響だけでなく、ウォーキングが心身の健康につながることは運動生理学的にも実証されています。
普段から運動をしない人は、「動く=疲れる」というイメージがあるかもしれません。しかし、ウォーキングなどの軽い運動によって「第2の心臓」とも呼ばれるふくらはぎの筋肉が収縮され、筋肉がポンプの役割を果たすことで血液の循環がよくなり、疲労物質が溜まりにくくなる効果が期待できるのです。
休日、家でずっと寝転がっていたら夜になり、「動いていないのに逆に疲れてしまった……」というような経験はないでしょうか? こういった疲労も、ほんの短い距離でもいいので散歩や買い物で外出すれば、ある程度は防ぐことができます。血流を循環させて脳も筋肉もリフレッシュする方が、疲労感は感じにくくなるのです。
さらに言えば、適度な運動を行うと良質な睡眠につながるだけでなく、仕事のことを忘れて気持ちもリフレッシュできるので、ストレスの軽減にも“プラス10分(1000歩)のウォーキング”は効果的と言えるでしょう。
まとめ
日々の生活の中で「疲れたな」と感じたときこそ、ちょっと歩いてみる。手軽に取入れられるウォーキングを習慣化することで、日々の生活はより快適なものになっていくでしょう。
歩くことは、すべてのスポーツの始まりです。ウォーキングこそスポーツの第一歩と考えるスポーツ庁では「FUN+WALK PROJECT」を推進しています。 “歩きやすい服装”での通勤・勤務もその一環。ぜひ、楽しく歩いてより健康な生活を手に入れましょう。
■取材・監修:位髙駿夫(博士 スポーツ健康科学)
位髙駿夫(いたか・としお)2017年、順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科 博士後期課程修了。2015年に会社を設立し、企業や地域において、健康や運動に関する講義や実技指導を実施。また、東海大学や法政大学でも非常勤講師として教鞭もとり、研究活動も遂行。保有学位・資格は、博士(スポーツ健康科学)・修士(体育学)・第一種衛生管理者・健康運動指導士・ホームヘルパー2級・保健体育科専修免許。
●本記事は以下のスポーツ庁発表の資料を参照しています
●その他、以下の資料を参照しています
厚生労働省 ー 平成28年 労働安全衛生調査(実態調査)(2018-06-01閲覧)
厚生労働省 ー 平成28年 国民健康・栄養調査報告(2018-06-01閲覧)
厚生労働省 ー 平成25年 国民健康・栄養調査報告(2018-06-01閲覧)
公益財団法人 明治安田厚生事業団 ー 体力医学研究所/余暇に運動すると、働く人の抑うつが半分に(PDF)(2018-06-01閲覧)