最先端の国際スポーツ学を学ぶTIASとは?筑波大学を取材!
スポーツ庁では、スポーツ・フォー・トゥモローの一環として、2014年より「スポーツ・アカデミー形成支援事業」を展開してきました。これは、オリンピズムの普及とスポーツ医科学などの教育・研究推進のために、国際スポーツ界人材の受け入れ・育成を行う大学を支援する事業です。
対象となったのは、筑波大学・日本体育大学・鹿屋体育大学の3校。筑波大学は、「つくば国際スポーツアカデミー(Tsukuba International Academy for Sport Studies:通称TIAS)」という1年半にわたる大学院プログラムを構築し、これまで第5期生までを受け入れてきました。日本体育大学では、「コーチデベロッパーアカデミー(NSSU Coach Developer Academy:通称NCDA)」というスポーツ指導者の育成に力を入れた2週間の短期プログラムを実施。同じく鹿屋体育大学も、「国際スポーツアカデミー(NIFS International Sport Academy:通称NIFISA)という短期で、主にアジアの学生を対象とするスポーツマネジメントとスポーツパフォーマンスのプログラムを行っています。
今回は、日本で唯一の「スポーツ・オリンピック学」の学位を取得することができる、筑波大学のTIASについて紹介します。いったいどのようなプログラムなのでしょうか。同大学TIASのアカデミー長である真田久先生と、同教授のランディープ・ラクワール先生に話を伺いました。
TIASで育成される人材とは
「先生から教わる教室での学びだけでなく、異なる14か国から来た学生たちとの交流で、私の世界は大きく広がりました。TIASで得た広い視野を、現在の自国での仕事にも生かすことができています。TIASの皆さん、本当にありがとうございました」
これは、TIASの修了生が、12月11日にオンラインで行われた「第3回国際スポーツアカデミー3大学連携カンファレンス」で発した言葉であり、まさにTIASの学びを集約した発言でした。
スポーツ庁の委託事業として、2015年10月から学位取得の長期プログラムが始まったTIAS。2019年10月入学の第5期生の支援までで委託事業は終了するが、同プログラムのこれまでの実績が学内でも高く評価され、2020年の10月からは筑波大学独自の事業として実施することに踏み切りました。TIASで養成されるのは、以下のような人材です。
- 21世紀のスポーツ界で必要とされる先端的な知識を総合的に学び、高いマネジメント能力を生かして世界各地でリーダーシップを発揮できる人材
- IOC(国際オリンピック委員会)、IPC(国際パラリンピック委員会)、UNOSDP(国連開発と平和のためのスポーツ事務局)、JOC(日本オリンピック委員会)、JPC(日本パラリンピック委員会)、東京大会組織委員会、JSC(日本スポーツ振興センター)、JADA(日本アンチ・ドーピング機構)などと連携し、嘉納治五郎(講道館柔道創始者、日本初のIOC委員、筑波大学の前身校校長)の思想を踏まえたオリンピック教育と最先端の国際スポーツ学を学び、それぞれの現場に応用できる実践力を習得した人材
- 東京2020大会を契機にして、日本文化を発信できるリーダー
授業は、「オリンピック・パラリンピック教育」「スポーツマネジメント」「ティーチング・コーチングと日本文化」「スポーツ医科学」「開発と平和のためのスポーツ」の5つの領域に分けられており、すべて英語で行われることが大きな特徴です。
入学は毎年10月。その1年半後の春に修了となるプログラム。2015年のスタートから徐々に存在が周知されていくと、昨年は定員の20名を大きく超える159名もの人が受験し、倍率約8倍の狭き門となりました(下図)。
資料提供:筑波大学「スポーツ・アカデミー形成⽀援事業」つくば国際スポーツアカデミー2020
定員は、20名のうち15名が留学生で、入学者は、アフリカ、中東、欧州、アジアなど、実にさまざまな地域から学生が集まっています。
学生の多くは、すでに一度社会人を経験した人。スポーツ団体やスポーツ関連の民間企業で働き、さらなる高みを目指して入学してくるのが日本人学生。一方、留学生は、武道を含む日本文化に興味がある人や、日本スポーツ界の知見を持ち帰って、自国のスポーツ機関で働くことを考えている人が多く、修了生の進路状況を見ても、その様子は一目瞭然です(下表)。
資料提供:筑波大学「スポーツ・アカデミー形成⽀援事業」つくば国際スポーツアカデミー2020
日本人学生にとっては、こうした国際色豊かな学生に囲まれて、一緒に勉強することがとても大切であると、ランディープ先生は語ります。
「“インターナショナル”の本当の意味は、英語で話すことではなく、それぞれの国の文化を学び、その上でコミュニケーションをとること。日本人学生にとってはそこが一番の勉強ですし、いいチャンスとして捉えて、日本のスポーツ界に持ち帰ってほしいと思っています」
1~4期TIAS修了生と真田先生(前列右から3人目)と東京2020オリンピック・パラリンピック組織委員会 ゲームズデリバリーオフィサー(GDO)中村英正氏(前列左から3人目)
TIASでの学びとIOCとの連携
資料提供:筑波大学「スポーツ・アカデミー形成⽀援事業」つくば国際スポーツアカデミー2020
真田先生は、オリンピック・ムーブメントやオリンピックの歴史、オリンピック・パラリンピック教育の授業を、ランディープ先生は、スポーツ医科学と、大学院共通科目であるクロスカルチャーコミュニケーション、リサーチマネジメントの授業を担当。
ランディープ先生は、来日後に茨城県に住み、東日本大震災を目の当たりにし、福島県飯舘村で研究を行ってきた。その経験から、毎年TIASの学生を連れて福島を訪れ、“復興”をキーワードにした「スタディーツアー」を現地の仲間と一緒に行っています。
「東京大会開催の背景には、やはり震災からの復興があります。日本人にとっても、震災が風化している事実がありますが、どこまで復興が進んでいるのか、現場を見ないとわからないことがたくさんあります。学生には、自分の目で現場を見てほしい。せっかく日本で学ぶ学生のために組み込んだ授業ですから」
また、TIASでは、学生たちの知識欲を満たし、幅広い経験をもたせるために、IOCとも緊密な連携を図っています。2016年には、トーマス・バッハ会長が来校し、学生に向けて講演を行いました。さらに、IOC委員や教育委員会委員などに同校の教授陣が名を連ねるなど、その功績はIOC内でも高く評価され、アカデミー長の真田先生は、2019年にIOCオリンピック研究センター助成研究選定委員に選ばれました。
「これまで、国際スポーツ界で日本の意見がなかなか通らない現状がありました。これからは、国際的な日本人の育成だけでなく、日本のことを深く理解している外国人を育成・輩出することで、彼ら・彼女らが日本のスポーツ界の発展を各国でサポートしてくれることにつながるわけです。こういった構造が大事で、東京大会のレガシーとしての価値も高いと考えています」
2021年には、オリンピック研究センター国際会議やレガシープロジェクト会議などが筑波大学で行われます。スポーツ庁委託事業が終了し、筑波大学独自の事業となった後も、IOCとの連携を強化していくことに変わりはありません。
TIAS2.0とこれからの未来
資料提供:筑波大学「スポーツ・アカデミー形成⽀援事業」つくば国際スポーツアカデミー2020
スポーツ庁委託事業の終了に伴い、プログラムの名称を「TIAS 2.0」に変更し、定員を約半分の8名に減らしました。渡航費を含む学生への負担が増えましたが、それにもかかわらず定員の2倍超の応募があり、最終的には7か国から10名の学生を「新1期生」として10月に受け入れることができました。
TIAS 2.0の特徴は、これまでの教育をベースとしつつ、修了生を軸としたTIASネットワークの活用を目指す「発展型」の教育プログラムであること。具体的には、修了生にオンラインでゲストスピーカーとして話をしてもらう、自国から優秀な人材を推薦して送り込んでもらうなど、後輩の育成に協力してもらうこと。こうして、文字通りネットワークを広げて発展していくことが、TIAS2.0のポイントになります。
筑波大学で学ぶメリットは、人文系や医科学系、社会系などをトータルで学べることと、他学部の学生との交流があることと真田先生は話します。さらに、新型コロナウイルス感染症の影響を受けた2020年は、留学生のほとんどが来日することができませんでしたが、オンライン授業の環境整備を徹底したことで、むしろアドバンテージも生まれました。
「学校に来られず、友達作りもできなかった学生たちはかわいそうでしたし、授業をする我々も最初は試行錯誤していましたが、オンライン授業のメリットは、世界各国から気軽にゲストスピーカーを呼べることです。今までは、海外から人を呼ぶだけで時間もお金もたくさんかかっていましたが、今は時差を考慮すればいいだけで、各国で活躍するいろいろな人に授業で話してもらえるようになりました。私も、インドや韓国に呼ばれて授業や国際会議にオンラインで出席し、さらにそこでTIASの宣伝もできるなど、非常に効率的になりましたよ」(真田先生)
「授業は録画できるので、何度か見て学ぶことで、学生の理解促進にもなっています。真田先生がおっしゃるように、いろいろな人を授業に呼ぶことで、それ自体が国際コミュニケーションになっていますし、ある種のプラットフォームを作り上げることができたと思っています。TIASのような国際的なプログラムにとって、これは特に良いことかもしれません」(ランディープ先生)
冒頭で紹介したカンファレンスには、両氏も登壇。真田先生は、TIASのこれまでの具体的な取り組みに加え、集大成の成果を発信しました。
「修了生がそれぞれの立場で活躍し、ネットワークが構築されていること、各国政府との連携が取れていること。これは、東京2020大会のレガシーであり、日本スポーツ界の財産となり得るものです。今後、TIASからさらなる発展をしていくことを期待しています」(真田先生)
国際感覚をもつ日本人の育成だけでなく、日本の理解者である外国人をも輩出するTIAS。その取り組みが日本スポーツ界へもたらす好影響は、言うまでもなく大きいものとなるでしょう。将来、日本スポーツの看板を引っ提げて、世界のスポーツシーンで活躍したいと考える人材を、TIASは魅力的な授業をそろえて待っています。
ランディープ先生(左)と真田先生(右)
【プロフィール】
真田 久(さなだ・ひさし)
1955年、東京都生まれ。1981年、筑波大学大学院体育研究科修了。博士(人間科学)。
現在、筑波大学体育系教授。古代および近現代のオリンピック競技会や嘉納治五郎に関する歴史人類学的研究に従事しつつ、国内外のオリンピック教育に関する実践的研究を進める。
2010年設立のIOC公認「筑波大学オリンピック教育プラットフォーム」事務局長として、附属学校11校とともにオリンピック・パラリンピック教育の全国展開に携わる。
2014年に政府事業としてスタートした”Sport For Tomorrow”の大学院学位プログラム、つくば国際スポーツアカデミー(TIAS)アカデミー長。
【プロフィール】
Randeep Rakwal(ランディープ・ラクワール)
1968年、インド・デリー生まれ。1989年、デリー大学卒業、1992年、G.B. パント・アグリカルチャー・テクノロジー大学大学院修了。
1993年に来日、1997年、東京農工大学大学院修了。農学博士。
2011年より、筑波大学教授。同大学大学院共通科目に従事。2015年より、同大学つくば国際スポーツアカデミー(TIAS)教授。専門は、植物生物学(バイオケミストリー&バイオテクノロジー)、スポーツ医科学。