情報と人間社会を結びつける最新技術の現場をスポーツ庁長官が視察

情報と人間社会を結びつける最新技術の現場をスポーツ庁長官が視察

いまスポーツにおけるDX化やテクノロジーの活用が進んでおり、その勢いはコロナ禍でさらに加速しています。スポーツを「する」「みる」「ささえる」のいずれの場面にわたり、スポーツと新たな技術の融合は行われ、いまやスポーツ界に新しい収益源を生み出し、アスリートのパフォーマンス向上、競技力強化にもつながっています。

今回、わが国最大級の研究機関である国立研究開発法人 産業技術総合研究所(産総研)の臨海副都心センターを室伏スポーツ庁長官が視察。「スポーツとIT技術を活用した他産業との融合による新たな可能性」に焦点を当て、同研究所の取り組み事例を紹介します。

産総研臨海副都心センターとは

国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)は、全国11カ所の研究拠点、約2300名の研究者を擁する産業技術の幅広い分野におけるさまざまな技術開発を総合的に行っている日本最大級の研究機関です。臨海副都心センターは、つくばセンターに次ぐ第2の規模で、グリーン社会・デジタル社会実現に向けた国際的な融合研究拠点を目指して先進的研究開発を推進しています。一例として、コロナ禍におけるスタジアム・アリーナ内にいる観客の人流解析やマスク着用率をAI判別させるなど、スポーツの現場と密接した研究なども行っています。

安全・快適で豊かな未来社会の実現に求められる「情報・人間工学領域」

今回、長官が産総研で視察を行ったのは「情報・人間工学領域」と呼ばれる分野です。情報は人々が現在の社会生活を送るうえで不可欠な要素となっており、安全・快適で豊かな未来社会の実現には「情報のサイバー空間」と「人間・社会のフィジカル空間」相互の知的情報を濃厚に融和させることが鍵となります。情報・人間工学領域では、産業競争力の強化と豊かで快適な社会の実現を目指して人間に配慮した情報技術の研究開発を行っています。

情報・人間工学領域:図出典:産総研「情報・人間工学領域について」

デジタルヒューマン技術の可能性

視察は、まず「デジタルヒューマン技術の概要・展望とモーションキャプチャによるデモンストレーション」、続いて「リアルタイム運動計測・介入による運動支援」について行われました。

デジタルヒューマンとは体の機能をコンピュータ上に再現した技術です。人体の動きをセンサーで読み取りコンピュータ上のアバター(分身モデル)が同様に動きます。その動きは目に見える表面的なものだけではなく、筋肉の収縮や骨格の動きなど目には見えない体内の動きまでAIによって可視化することが可能です。たとえば走っている状態でどの筋肉にどれぐらいの負荷がかかっているのか、アバター上にわかりやすく表示させることができます。近年はIoT技術やウェラブルデバイス(身体に装着する端末や装置)の小型化や発達によって、日常生活や就労状態でもセンサーを取り付けられる場が増え、スポーツ現場でも活用が進んでいます。

視察ではモーションキャプチャを用いたリアルタイムでの運動計測のデモンストレーションが行われました。身体内部の動き(力学情報)がリアルタイムに画面上で見ることができます。目の前の人と画面上のモデルがほとんど差異なく動く様がわかりました。この技術ではAIにより身体負担の予測もできるため運動アシストへと展開できる技術として期待されています。
今後、デジタルヒューマン技術は、リハビリテーションなどの介護分野やトレーニングやコーチングなどスポーツ分野への利用が広がっていきそうです。

視察の様子1

スポーツ用義足の研究開発について

次の視察では、障害者スポーツにおける研究開発の取り組みについての紹介です。義足アスリートのランニングやジャンプなどの動作の詳細を分析し、シミュレーションを重ねながら最適な義足の形状を探るなどの研究を行っています。現在、民間企業と組んで個人ごとに義足を製造・カスタマイズするプロジェクトを推進しており、東京2020パラリンピック大会の男子T63クラス・走り幅跳びで4位入賞した山本篤選手(アジア新記録6.75m)の事例紹介や、日本製スポーツ用義足の現状について実際の義足を手に取りながら説明を受けました。長官からは今後はアスリートではない義足の方が気軽にスポーツを楽しめる環境になるようにと意見交換を行いました。

視察の様子2

人間拡張技術によるパフォーマンスの向上

「人間拡張技術」とは、人に寄り添えるセンサー・アクチュエータデバイス、ロボット技術、人の身体力学や感覚・認知科学、産業化に必要なサービス工学や統合デザインなどの研究です。人の運動・感覚能力を拡張し、パフォーマンスの向上やケガの予防を目指しています。視察ではサッカー元スペイン代表のイニエスタ選手ともう1人の選手にセンサーを取り付け、同じフェイント動作を比較する事例をはじめ、アスリートの運動データから筋肉の活動など身体内部の状況を解析した結果について説明を受けました。身体を計測、理解したうえで介入を行い、人の運動・感覚能力の拡張を実現しようと研究を行っています。人間拡張技術によって、ケガのリスクを減らす、スポーツの上達を早く促す、人が動きやすくなる環境を作り出すことで、誰もが安全に運動やスポーツを長期間楽しめることが期待されています。

視察の様子3

これからの課題は研究と現場をつなぐ存在

視察を終えて、長官からコメントがありました。

最先端の研究現場を見させていただきまして嬉しく思います。
視察最中にも話しましたが、義足のみならず他の分野でもトップレベルのアスリートだけではなく、多くの人がスポーツを楽しめるような環境を整備することが大切です。大変だとは思いますけど、さらなる研究の推進をお願いします。
日本は世界と比べて、スポーツ現場にスポーツサイエンティストという存在は多くいません。研究内容について、「ラボ」とスポーツや医療・介護といった「現場」で理解の相違もありますし、その両者をつなぐ存在が必要だと思いました。現場の人間が研究内容のすごさや利用価値を理解することで扱うデータの「質」が高くなり、さらにスポーツの現場でデータを活用しやすくなるのではないでしょうか。
スポーツ庁でも健康増進の取り組みを行っていますので、ぜひ、産総研の皆さんとご一緒できる機会があればと思っております。

視察の様子4

まとめ

いまや身体のデータはスマートフォンやスマートウォッチなど身近な機器でも測定できる時代です。さらにその情報を最先端の研究技術と組み合わせることで、身体内部の状態までも可視化できるようになります。私たちが自分の情報と向かい合いながら体を動かしたり、健康管理を行うようになる時代はすぐそこまで来ています。数値や状態など情報を把握することで、スポーツ界はもとより、アスリートではない私たちにも安全で効率的なスポーツライフが送れる未来が待っているようです。

●本記事は以下の資料を参照しています

産業技術総合研究所(AIST)臨海副都心センター(2021-12-01閲覧)

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