大会を「ささえる」チカラ、東京2020大会でのアンチ・ドーピングの取り組み

大会を「ささえる」チカラ、東京2020大会でのアンチ・ドーピングの取り組み

スポーツは「する」「みる」「ささえる」それぞれの観点から楽しみ、参画することができます。東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会では、「する」アスリート、「みる」観戦者以外にも大会の裏で、運営に携わったボランティアスタッフなど、たくさんの「ささえる」人たちがいました。今回は、その中でも、すべてのアスリートがフェアに競い合うことができるクリーンな大会を下支えしたドーピング検査員の活躍について、アンチ・ドーピングの取り組みとあわせて紹介していきます。

フェアでクリーンな大会とは?ドーピング検査はなぜ必要なのか?

スポーツにおけるドーピング(競技能力向上のための禁止物質の使用等)は、競技者の健康を損ねてしまう危険性があるばかりでなく、フェアプレーの原則に大きな影響を及ぼします。アスリートがフェアに競い合うことができる環境を守るためには、アンチ・ドーピングの取り組みが重要です。

アンチ・ドーピングの取り組みは、教育や啓発活動等、ドーピングを未然に防ぐための活動や、不正を見つけるためにドーピングを検出する技術の開発や研究等、多岐にわたりますが、ドーピング検査は非常に重要な取り組みです。

もしも国際競技大会で世界記録の樹立等の素晴らしい結果がでたとしても、ドーピング検査が行われていなければ、その結果はどのように受け止められるでしょうか。ドーピング検査を適切に実施することは、公平で公正なスポーツの価値を守っていくことにつながります。そのため東京2020大会のような大規模な国際競技大会では、かなりの数のドーピング検査の実施が求められるのです。

東京2020大会開催を機にドーピング検査員の育成が急務に

スポーツ庁の委託事業として日本アンチ・ドーピング機構(JADA)が国際大会ドーピング検査員の育成プログラムを実施しています。JADAは、ドーピング検査員(DCP※)の育成に取り組み、国内外の競技大会に数多くの検査員を送り出してきました。

実は、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会開催が決まった時点では、国際的な大会でのドーピング検査に対応しうる国内DCPや、大会時に諸外国・地域から招聘されるDCPの人数だけでは大会運営のためのドーピング検査に充分な人員の確保ができていない状況でした。

そこで2017年度から国際総合大会DCP育成事業に着手しました。ラグビーワールドカップ2019、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会を含む国内で開催される国際総合大会でのアンチ・ドーピング活動の成功を目的に採用および育成活動への取り組みが始まりました。

※DCP(Doping Control Personnel):JADAが認定するドーピング検査においてアスリートからの検体採取を行う検査員の総称。DCPの中には、検体採取手続きを遂行する“DCO” (Doping Control Officer)、採血を遂行する“BCO”(Blood Collection Officer)等の役割によって名称がある。

取り巻く環境と課題:図

さまざまなバックグランドの方が育成プログラムに参加

育成プログラムのDCO養成講習会募集ではアスリートのプライバシーに配慮する「守秘義務の遵守」をはじめ、国際総合大会での共通言語である「英語でのコミュニケーション」等を要件として設定していました。実際にはスポーツに関わりのある人はもちろんのこと、一般企業の会社員、子育て中の主婦、薬剤師などさまざまなバックグランドの方が応募し、育成プログラムに参加しました。

書類審査を経て選ばれた参加者たちは事前にドーピング検査の基礎知識や検査全体の流れをEラーニングで学び、講師による講義と実技練習に臨みます。実技練習では実際に使用する検査キットを使用し、受講生2人1組となり、DCO役とアスリート役を交代で体験します。講習会は2日にわたり行われ、全カリキュラム履修後に次のステップである集合研修会の受講者が選定されました。

JADAが考える理想のDCO象:図

スポーツを「ささえる」想いを胸にDCOを目指す

2017年にDCO養成講習会を受講された薬剤師の繁田俊子さんは、東京2020大会に何らかのカタチで携わりたいと思って応募されました。講習会ではスポーツのクリーンさを守るために活動する人々を知り、「私もこの人たちの仲間になりたい」とさらに強く決意されたそうです。

2018年に受講された小川敦さんは、東京2020大会終了後にアスリートから「Thank you!」と、気持ちよく帰ってもらえるようなお手伝いがしたいという想いから研修に参加。活動を始めてからは苦手な英語や初めての体験に戸惑いながらも研修会で得た「気づき」「学び」を咀嚼したそうです。
スポーツを「ささえる」ことへ強い関心を持った人たちがDCO養成講習会に集まり、それぞれの想いを胸にDCOを目指しました。

東京2020大会におけるドーピング検査員の活躍

DCO養成講習を受けたDCOたちは国内はもとより海外で行われた国際競技大会の会場に赴き、経験を重ねながら自分たちのスキルを高めてきました。2020年に入ると東京2020大会に向けた研修がスタート。東京2020組織委員会による説明や大会特有の検査手順、メディカル部門との連携方法といった検査に関する事柄に加え、大会全般に関するレクチャーが行われました。

しかし世界的な新型コロナウイルス感染症蔓延によって大会が延期。大会で導入されるペーパーレスシステムの研修はオンラインで行うなど、コロナ禍でも準備を重ねてきたそうです。2021年7月、東京2020大会の開催が決まると感染対策を施したうえで大会会場を使用したリハーサルを行い、本番さながらの検査手順を確認していったそうです。ITA(International Testing Agency)の報告によると、東京2020大会中6200件の検体が採取されました。

「本番」を意識した模擬実習:イメージ

クリーンな大会の実現に貢献した人々の声

JADAの報告書では東京2020大会に携わったDCPの方の声が掲載されています。その中からいくつか要約してご紹介しましょう。

「ほかの大会に比べてまったく規模が異なりました。通常ならば会場の担当者1人と話し合えば済みますが東京大会では多くの部署との折衝が必要で仕事量の多さに戸惑いましたが、リオデジャネイロ大会を経験した国際ドーピング検査員(IDCO)から提案してもらった方法でスムーズにいきました。チームの中にフランスのIDCOもいたので、次のパリ大会にもこのノウハウが生かされることでしょう。こうしたDCO間の積極的な意見交換もオリンピック・パラリンピックならではだったかと思います」(齊藤直人さん)

「DCO認定後、いくつかの大会に参加させていただき、さまざまな国から集まったDCO、現地シャベロン(ボランティアスタッフ)の方々とコミュニケーションを取りながら1つのチームとして検査を終えた経験は東京2020に向けての自信に繋がりました。一方、パラスポーツについては検査経験がなく不安でしたがJADAの研修で学ぶ機会が得られてよかったです。先輩からの『パラリンピアンは自分のことは自分でできる方が多いので、必ず手伝いが必要と考えなくてもいい』の一言は、私の心を楽にしてくれました」(小松美穂さん)

「パラリンピックは私にとって気づきの多い大会となりました。私たちが取り組んだのは『BCO皆でやる』工夫です。アスリートによっては、針の角度や身体の位置といった微妙な加減をしなければうまく採血できない場合があります。基本的には1人で行う採血ですが、2〜3人のBCOが協力することでスムーズに採血できるのです。そうした協力体制ができあがってからは、採血が必要な部屋やBCOがいる部屋が一目で分かるようなマークを作る仕組みを構築しました」(米倉由佳さん)

「私はオリンピック・パラリンピックを合わせて32日間、選手村を含めて12会場で検査を担当しました。大会を通じて、私が特に意識していたのは『落ち着く』ことです。いつもと比べて興奮して検査に臨んでいました。事前の研修では『通常尿検体採取手順は20分以内、尿および血液検体採取手順は30分以内』を目安にプロセスを進めるよう指導されていましたが、選手も急いでおらず、検査室も混んでいないようであれば、少し時間がかかっても落ち着いて確実に検査するよう心がけました」(宮武宏光さん)

DCPインタビュー:イメージ

アスリートとドーピング検査員をつないだツール

ドーピング検査の対象となったアスリートの母語は、英語に限らずさまざまなため、DCPの方がコミュニケーションをとる際にも、工夫が必要だったそうです。そのような時に活躍したのが、JADAの作成したドーピング検査の手順がイラストで分かるポスターでした。言語の異なるアスリートに対しても、ドーピング検査の手順を説明しやすく、アスリートの理解を促すことができ、安心して検査に臨んでもらえると好評だったそうです。このような「ささえる」ツールの開発など、クリーンな大会、そしてアスリートのために、東京大会開催にあたってはたくさんの方が下支えに携わっていました。

FOR CLEAN,TRUE SPORT:ポスター

まとめ

東京2020大会では、さまざまな部署のボランティアスタッフ含め、運営スタッフが携わってきましたが、DCPの皆さんはクリーンでフェアな東京2020大会実現のために大会を「ささえる」ことに尽力してきました。スポーツはさまざまな観点、立場から「ささえる」ことができます。「ささえる」過程で、特別な機会や経験が得られることもあるかもしれません。また、「ささえる」皆さんのおかげで、スポーツの感動を届けることができます。自分のスキルや経験が、何かスポーツのために役立つことができるかもしれません。
皆さんも、「ささえる」を通じて、新たなスポーツへの関わり方を考えてみませんか。

●本記事は以下の資料を参照しています

公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構 : 国際総合大会ドーピング検査員 育成報告書(2021-12-01閲覧)
スポーツ庁 : ドーピング防止活動の取組(2021-12-01閲覧)

公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構 :
<アンチ・ドーピングとは>(2021-12-01閲覧)
<教育パッケージ/マンガ・ドーピング・コントロール手順ポスター>(2021-12-01閲覧)

ITA(International Testing Agency) : Olympic Games Tokyo 2020(2021-12-01閲覧)

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