ストップ! スポーツにおける医薬品の不適切使用!〜スポーツ庁と日本製薬団体連合会が共同宣言〜
(写真)共同宣言に調印を交わした室伏スポーツ庁長官と日本製薬団体連合会の岡田会長(右)
今日、スポーツが国民生活に浸透し、国民のスポーツへの関わり方も多様化するなか、一般のスポーツや運動を楽しむ方々による、スポーツにおける医薬品の不適切使用が懸念されています。
トップアスリートに対しては、アンチ・ドーピングの観点から、競技力向上を目的とした医薬品の不適切使用防止についてドーピング検査や教育・啓発活動が行われていますが、一般のスポーツや運動を楽しむ方々には、安全性が確保されていないことや、リスク等に関する情報が十分に周知されていません。
このような現状に対して、スポーツ庁と日本製薬団体連合会はスポーツにおける医薬品の不適切使用の防止に関する共同宣言に調印しました。
記事では医薬品を不適切使用する危険性、スポーツ界と製薬業界が連携する意義などについてご紹介します。
スポーツ庁と日本製薬団体連合会による共同宣言・調印式
(写真)共同宣言に署名する室伏長官
共同宣言の主旨を要約すると以下の4点となります。
①スポーツにおける医薬品の誤用や乱用は、健康被害をもたらすのみならず、自己を否定する行為であり、スポーツの根源的な価値を毀損することから、絶対に許されることではありません。
②スポーツ界においては、世界的な枠組みのなかでアンチ・ドーピング活動が推進されており、「世界アンチ・ドーピング規程」に基づき、アンチ・ドーピング教育、ドーピング検査の実施、違反者に対する制裁措置等による防止策が講じられています。
③社会において、SNSなどに氾濫する不正確な情報や、海外の医薬品成分が混入したサプリメントの個人輸入などの問題があります。スポーツにおける医薬品の不適切な使用は、一部のトップアスリートに関わる課題ではなく、広く国民の健康に関わる公衆衛生上の課題です。
④国民のライフパフォーマンスに寄与すべく、スポーツ界、製薬業界が多角的に情報発信を行うなど、積極的な連携を推進します。
参考:スポーツにおける医薬品の不適切使用の防止に関する共同宣言(PDF:759KB)
https://www.mext.go.jp/sports/content/20240711-spt_skokusai-000036853-01.pdf
(写真)世界ドーピング防止機構(WADA)のヴィトルド・バンカ会長からビデオメッセージが送られ、「スポーツ界と製薬業界の協働体制は、他国が追随すべき青写真である」と、世界でも先進的な取組に期待を寄せていることが語られた
室伏長官は調印式での挨拶で以下のような話をしました。
「医薬品を治療目的以外で使用することは、様々な健康被害をもたらし、スポーツの精神にも反する行為で、決して許されることではありません。これまでスポーツ庁ではトップアスリートや関係者へのアンチ・ドーピング活動を進めてきましたが、スポーツを楽しむ一般の皆さまにも広く啓発活動を行う必要性を感じています。国民のライフパフォーマンス向上に寄与するべく、スポーツ界と製薬業界が共に声をあげることは、たいへん意義深いことだと思います」。
日本製薬団体連合会の岡田会長も挨拶の中で「長年の研究開発を経て世の中にお届けしている医薬品が不適切に使用される問題を我々も極めて深刻に受け止めています」と、製薬業界でも問題を重く受け止めていたことを語ります。今回、スポーツ界と製薬業界が連携してアンチ・ドーピングの教育・啓発活動に取り組むことは世界的にも珍しいことで、世界の先例となることが期待されています。調印式では、この共同宣言に対し17団体の賛同がありましたが、今後も賛同団体は随時追加となる予定です。
トークセッション「筋トレブームの陰でまん延する筋肉増強剤」
スポーツ庁では、共同宣言に基づきスポーツにおける医薬品の不適切使用を防ぐため、テーマ別キャンペーンを実施します。その第1弾は“筋肉増強剤”の乱用がまん延している状況にスポットライトを当てた啓発活動です。調印式の第2部では、「筋トレブームの陰でまん延する筋肉増強剤」と題し、筋肉増強剤のリスクなどについて、武井壮さん(タレント、陸上競技10種競技の元日本チャンピオン)、谷本道哉さん(順天堂大学大学院スポーツ健康科学部教授)の2人と室伏長官によるトークセッションが行われました。
(写真)トークセッションに登壇した3人。(左より)谷本道哉教授、室伏長官、武井壮さん
近年、アスリートだけではなく、一般のトレーニング愛好家の間にもドーピングの禁止物質を含む筋肉増強剤の乱用が広がりつつあり、そのような筋肉増強剤が容易に入手できる環境や健康リスクについての危険性が語られました。
●筋肉増強剤の不適切使用について
谷本教授
「筋トレブームは嬉しいことですが、筋肉に執着しすぎる人が増えてきたと思います。いま筋肉増強剤の代表例であるアナボリックステロイドが、簡単にインターネットで入手でき、病院に行けば筋肉増強外来として注射を打つこともできる等、我々の身近な存在になっています。1990年頃の米国では、プロレス団体で組織的なドーピングが行われ、多くのレスラーが心臓疾患で亡くなるなど、大きな問題となって法的に所持禁止となりました。ドーピングがいけない理由は色々ありますが、一番の問題は死んでしまうこと。心臓に負担がかかります。その頃の米国と現在の日本の状況は似ているように感じています。厚生労働省が注意喚起を行っていますし、法律でアナボリックステロイドの所持を禁止にする議論も必要です」。
武井壮さん
「薬物を使用した人の健康被害の問題もありますが、周囲にいるアスリートたちの競技に費やした時間と本来のスポーツの価値が奪われてしまうことも問題です。例えば、2004年アテネオリンピックでの室伏長官も被害を受けた1人といえます。陸上男子ハンマー投げの室伏選手の記録をドーピングした選手の記録が上回り、本来、アテネの会場で室伏選手が金メダルを獲得して表彰される瞬間を、会場やお茶の間で観戦していた我々はリアルタイムで称えることができませんでした。スポーツ選手がスーパースターになる瞬間を奪われてしまうのは、スポーツによって享受できる価値を盗み取る行為だと思います。スポーツの
価値を享受できるよう、歯止めをかけていきたいですね」。
まとめ
スポーツにおける医薬品の不適切使用は、トップアスリートだけの問題ではなく、一般の運動・スポーツ愛好家にも広がりつつあります。これまでハイパフォーマンススポーツを中心にアンチ・ドーピング活動を行ってきましたが、これからは、国民が運動・スポーツによって人生を豊かにするライフパフォーマンスにおいてもドーピングの危険性を訴えていきます。今回、製薬業界と連携することで、アンチ・ドーピング活動が“点”から“面”となり、それぞれの知見等を活かしながら、一般向けの教育・啓発活動が可能となりました。スポーツ庁では、医薬品がスポーツで不適切に使用される例をテーマごとに取り上げ、防止に向けてキャンペーンを展開していきます。
●本記事は以下の資料を参照しています