【対談】Withコロナ期のスポーツの役割① 健康二次被害 自分でできる事は「免疫力を高めること」 鈴木スポーツ庁長官×小林弘幸(順天堂大学医学部教授)

鈴木長官と小林先生

With コロナ・After コロナに向けたスポーツ界の在り方について、鈴木大地スポーツ庁長官と各界のオピニオンリーダーが語り合うシリーズ企画記事「Withコロナ期のスポーツの役割」。今回は順天堂大学医学部教授で、国内における自律神経研究の第一人者である小林弘幸先生(プロフィールはこちら)です。スポーツ・運動の効果効能の再認識、With コロナ期でスポーツが何をできるのかなど、鈴木長官と語り合っていただきました。

コロナによる健康二次被害が増えている

鈴木

いまだ新型コロナウイルス感染症終息の様子が見えてこない状況ですね。

小林

当初はゴールデンウイーク明けには収まるだろう、夏になったら終わるだろうと言われていましたが、終息の見えない状況が国民にボディブローのようにダメージを与えていると思います。

鈴木

4月ごろにはトップアスリートを含め国民にスポーツ活動の自粛をお願いしましたが、自粛期間が延び、選手たちは従来のように練習ができず、一般の人たちも運動不足や体力低下が懸念されています。感染症に加えて健康二次被害の恐れも心配されています。

小林

病院の現場にいますとコロナによる健康二次被害は出てきていると思います。大別すると3つありまして、

  • ①患者さんが(外出自粛により)病院を避けるようになり、また運動不足も重なり治療中の糖尿病、高血圧などが悪化している人が増えています。
  • ②転倒してケガを負う人が増えていて、転んでしまうのは明らかに運動不足が原因です。
  • ③コロナ鬱で、メンタルを崩してしまう人が今後増えていくだろうと予想しています。

鈴木

私たちも感染拡大防止とともに、運動不足の解消と、メンタルの健全を保つために行動しなければいけない段階に入ったのかなと思っています。

小林

ポストコロナは、ハード面とソフト面を鍛えておくことが大切です。ハード面とは「3つの密を避ける」「手洗い」といった基本的なことで、ソフト面とは自分の体は自分で守り、「免疫力」を上げることが重要です。「食事」「運動」「睡眠」の3つを適度にバランス良くしておけば免疫力は上がってくるので、もう一度、生活習慣を見直してみる必要があります。

鈴木

スポーツ庁としても、医科学的な根拠に基づいて、適度な運動を促して免疫力向上をすすめたいと思います。

新しい生活様式におけるスポーツの在り方

コロナ禍だからこそ可視化されたもの

鈴木

小林先生ご本人は何か運動を行っていますか。

小林

いまは毎朝5時に起床して、5時半から1時間歩く生活を続けています。コロナウイルス感染が広まり始めた1〜2月のころよりもランニングやウォーキングをしている人が増えた気がします。近くの公園ではご高齢の方たちが集まってラジオ体操をしている姿も見られますし、体を動かす気運は高まっているのではないでしょうか。

鈴木

スポーツ庁では、競技スポーツだけがスポーツではなく、先生が行っているような近所を歩いたり走ったりすることや、ふだんのエクササイズ、レジャーもスポーツであると提唱してきました。コロナ禍だからこそ、こうした身近なスポーツの普及や促進をすすめるチャンスなのかなとも思っています。

小林

同感です。今回、テレワークやリモートワークで、自己管理のできる人とできない人が二極化したと思います。会社にいた時の規則正しい生活習慣をそのまま続けてきた人は、(仕事上の付き合いの会食などが減ったことにより)体重が減って、酒量も減って肝機能等が改善しています。一方、食事の時間はバラバラで運動もせずに座ったままで乱れた生活習慣になっている人は、体重が増え、コロナ前よりも肝機能等が悪化しています。きちんとした生活習慣を送れば「健康」になれることはコロナ禍ではっきりとしたんじゃないかと思います。実際に病気になってから自らの生活習慣の乱れに気づく人がいるのは残念です。

鈴木

先生が言われるようにコロナ禍によって可視化されたこともあるので、これを機会に社会全体をいい方向に持っていきたいと思います。

小林

「免疫力」や「健康」に対する国民の認識が上がってきたのは確かです。「運動はしなきゃダメなんだろうな」と分かってきた人が増え、これから運動をやってみようという人が少なからずいます。自分にメリットを感じられればもっと増えてくる気がします。例えばスマホのアプリで7000歩歩いたら何かがもらえるとかね(笑)。

鈴木

Fun+Walkのアプリはじめ、そのようなきっかけや、継続のモチベーションとなるアプリは、とてもいい運動のパートナーになりますね。

腸内環境を整えることで自律神経にも影響

鈴木長官と小林先生による対談の様子1

鈴木

先生は自律神経がご専門ですが、運動やスポーツと自律神経との関連があれば教えてください。

小林

いま外来にいらっしゃる患者さんの訴えで多いのは、不定愁訴(ふていしゅうそ)と呼ばれる、頭痛、めまい、食欲不振、疲労などといった症状です。これらは血液検査をしても異常が認められないことがほとんどです。しかし、自律神経を測るとトータルパワー(※)という活性力が極端に落ちています。これが落ちると、血流や消化管機能の低下に繋がります。ストレスがかかることで自律神経が乱れますので、悪循環です。こうした場合の改善方法は、とにかく「動く」ことしかありません。「疲れたら体を動かせ」と言われますが、体を休ませるよりも、体を動かすことで血流を促した方が疲れが取れるのは早いです。

※トータルパワー
Total Power(TP)は自律神経の総合力で、交感神経と副交感神経を切り替え、自律神経のバランスを整える力ともいわれています。TP=交感神経+副交感神経。

鈴木

アクティブレスト(積極的休養)といいますね、アスリートも多く取り入れています。

またスウェーデンのカロリンスカ研究所の研究結果が掲載された本で読みましたが、運動によって脳への血流量を増すと海馬(※)が大きくなって認知症にも良い影響を与えるという話や、自閉症や鬱の改善にも役立つそうですね。

※海馬
記憶をつかさどる脳の器官。

小林

そうですね。
最近のテレワークやリモートワークだけでは、人付き合いが希薄になってしまう問題があります。人との繋がりが減ると抗ストレス作用のある「オキシトシン(※)」が欠如して、いじめや憎悪、認知症にも関係してきます。

※オキシトシン
「幸せホルモン」とも呼ばれる神経伝達物質。脳や身体に働きかけ、ストレスを緩和したりする作用がある。

そこでもう1つ言われているのが「脳腸相関(のうちょうそうかん)」です。「腸」の活性化が「脳」にも影響を与えます。「オキシトシン」はわれわれの研究で脳の血流量が上がると脳内で覚醒することが分かり、そのためにも腸内環境を改善する重要性が増してきました。いままで「腸」と「脳」の関連性は不明でしたが、慶應義塾大学のグループの研究で、「腸」の情報をすべて肝臓に集めて、肝臓から迷走神経を介して「脳」へ伝達することが分かりました。内臓の具合が悪くなれば、脳にも悪い影響を与えますから、生活習慣から腸内環境を整え、自律神経も整えることが大事になってきます。認知症やフレイルを避けるためにも、日頃の「運動」が重要なキーワードとなります。

鈴木

高齢の方が、これだけやっておけば足腰の衰えを防げる目安はありますか。

小林

いま外来に来る80〜90代の方に聞くと、1日30〜40分は歩いています。患者さんたちも自分の足で歩けなくなったらダメだと分かっているので、スクワットがブームになっています。われわれが学生時代にやっていたスクワットでは膝を痛めてしまうので、「ながらスクワット」みたいに、テレビを見ながら、取っ手などを掴んで、ゆっくりと膝を曲げるだけでも効果があります。

参考:スポーツ庁「新型コロナウイルス感染対策 スポーツ・運動の留意点と、運動事例について」
https://www.mext.go.jp/sports/b_menu/sports/mcatetop05/jsa_00010.html#003

子どもの運動量が低下 ストレス解消には「体を動かす」

鈴木長官と小林先生による対談の様子3

鈴木

一方、子どもたちです。コロナ禍の前から体力の低下を問題視していたのですが、学校の休校などによって運動する機会が減ったことで、さらに危機感を持っています。

小林

コロナ禍の子どもたちの身体活動量が落ちているデータも出ています。順天堂大学と花王の研究チームの発表によると、緊急事態宣言下の幼児の活動実態について歩数計測を中心に調査・分析したところ、3~5歳児の歩数が2~6割ほど減ったとのことでした。また、幼児でも緊急事態宣言下では生活リズムの乱れや、ストレスを感じたそうです。私の知るところでも、子どもの便秘が増えたようです。体を動かさなかったことの弊害が次々と明らかに出てきているので、子どもたちに体を動かす機会を作っていかないといけないと思います。2~3年、このままの状況が続けば大変なことになります。これらを解決していく方法は、外に出て体を動かしましょう、屋外で運動する時は人との距離を確保してマスクを外しましょうなど、コロナ禍による自粛生活習慣を1つ1つ元に戻していくことです。ストレスを解消させるのに一番いいのは「体を動かす」ことなんですよ。

参考:歩数調査からみた、緊急事態宣言下の幼児の活動実態
https://www.juntendo.ac.jp/news/20200902-02.html

鈴木

私もふだんのスポーツでストレス解消できることを実感しています。適度な運動が免疫力を上げる、疲れたときにも体を動かすなど、健康づくりのためのスポーツや運動の重要性を医学界からも後押ししていただいて、一緒になって「スポーツ・運動」を推進していきたいですね。コロナ禍だからこそスポーツ界と医学界がタッグを組むことが大切だと思います。

小林

このコロナ禍で、いかに自分を守るか、予防医学の重要性が見えてきました。これまで医者は、野球のピッチャーで例えるなら最後の「ストッパー」のような存在でしたが、今後は「先発完投型」だと思います。病気になる前から関与して、いかに病気にならないようにするかが鍵です。いまは平均寿命と健康寿命の差が約10年ありますから、そこに莫大な医療費がかかります。健康な人が増えることによって、医療費が減少し、経済にも良い影響を与えていけるのです。

鈴木

いまスポーツ庁では健康行政にも参画し、国民の健康増進に向けて一緒に盛り上げているところです。そうしたなかで小林先生のような医療方面の方とも、ぜひ協力していきたいと思っています。

アスリートのパフォーマンス向上にも「スポーツと医学」の教育が重要

鈴木長官と小林先生による対談の様子4

小林

医療界における「スポーツ」というと多くの人が「整形外科」をイメージしますが、いまは違います。私がプロ野球「千葉ロッテマリーンズ」のチームドクターになってから、選手の血液検査、腸内環境コントロール、食事や睡眠指導など、全部変えて行いました。チームでは7~8人のチームドクターらが選手たちの指導に関わり、選手の生活習慣や意識を徹底的に変えたことで、今季1位、2位を争う、これまでにない成績を上げています。選手たちに聞いてみると、自身の体に何が重要で、それがどうパフォーマンスに影響するのかを知らなかったと話しており、「教育」の必要性を強く感じました。栄養や睡眠、それらの影響など良い体づくりの方法を選手たちにきちんと教えることで、彼らは真剣に取り組みます。これはプロスポーツだけではなく、アマチュアのスポーツも同様だと思います。部活動の学校の先生や指導者たちが医科学的な根拠に基づいた正しい知識を持って、選手たちを「教育」していくことで、裾野が広がっていくことと期待しています。

鈴木

スポーツ指導者のライセンス制度も整ってきましたが、まだ自分の経験をそのまま教えている指導者も多いようです。先生が言われたように、指導者が「学び続ける」というのも大切ですね。

小林

医療もスポーツも年々知識が更新されていますし、新しい情報もたくさん出ています。せめて基本情報だけでもしっかりと学んでおかないと、誤った知識での指導は選手のケガや成長にも悪影響を及ぼします。これからは腸内環境にも目を向け、食事や睡眠についても新しい知識が必要になります。

鈴木

プロ野球のような高度なレベルでも、食事や睡眠などの基本的な生活習慣の改善等によって良いパフォーマンスを発揮してチームが強くなったということは、他のスポーツにも同様の効果を波及させるきっかけになると思います。さらには国民の日常生活にも寄与していきたいと思います。

東京オリンピック・パラリンピック開催は?

鈴木

私たちとしては東京オリンピック・パラリンピックのレガシーとして、国民全員がスポーツに親しむ国になることを謳ってきました。これからも健康な生活を送るうえでスポーツや運動は大切だと伝えていきたいと思います。

小林

スポーツのベースには「健康」という切っても切れないものがありますが、これまでの平和な時代には、あまりスポーツに健康を意識できていませんでした。しかし、今回のコロナ禍によって初めて「健康」と「スポーツ」が意識できるオリンピック・パラリンピックになるんじゃないかと思います。

鈴木

スポーツ界と医療界でコラボすることで相乗効果が高まると思いますので、今後ともご指導いただきながら一緒に推進してまいりたいと思います。本日はありがとうございました。

【プロフィール】
小林弘幸(こばやし・ひろゆき)
順天堂大学医学部総合診療科学講座・病院管理学研究室教授。日本スポーツ協会公認スポーツドクター。スポーツ庁参与。
順天堂大学大学院医学研究科修了後、ロンドン大学付属英国王立小児病院外科、トリニティ大学付属医学研究センター、アイルランド国立小児病院外科の勤務、順天堂大学小児外科講師・准教授を経て現職。スポーツドクターとして、数多くのトップアスリートのコンディショニング、パフォーマンス向上指導などに携わる。自律神経研究の第一人者として著書多数。

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