カンボジアプロサッカーリーグCEO・斎藤聡さんに聞く〜日本の人材とノウハウが世界に求められている

カンボジアプロサッカーリーグCEO・斎藤聡さんに聞く〜日本の人材とノウハウが世界に求められている

スポーツ庁では、第3期スポーツ基本計画にてスポーツ市場規模を2025年までに15兆円に拡大することを目標に掲げています。その達成には海外市場にも目を向ける必要があり、日本のスポーツ産業のさらなる国際化を支援するプラットフォーム「JSPIN」を立ち上げました。日本の企業・団体が海外に進出するためには何が必要なのか――。2021年にカンボジア・プロサッカーリーグ(CPL)の最高経営責任者(CEO)に就任された斎藤聡さんに、ご自身の海外での経験談や、これから世界を目指すスポーツ産業界についてお話を伺いました。

日本のスポーツ産業のさらなる国際展開を支援するプラットフォーム「JSPIN」
JSPIN:ロゴイメージ

まずは自分自身が率先して海外に出ようと決断

●カンボジア・プロサッカーリーグの最高経営責任者(CEO)になられた経緯を教えてください。

私はFCバルセロナのスタッフを経て、日本サッカー協会で日本とアジアのサッカーの発展に関する役割を担っていたところ、2013年にFIFAコンサルタントとして、インドネシア、タイ、カンボジアなどアジア諸国の担当に任命されました。

当時、カンボジアはFIFAから競技場の人工芝敷設や夜間照明の設置といったハード面での支援は受けていましたが、人材育成などソフト面での支援が少ない状況でした。そこでカンボジアサッカー協会のサオ・ソカ会⻑が私に語ってくれた言葉が印象的でした。

「長年続いた内戦から国が復興するなかで、ルールや秩序に対する意識が低かった若者たちに、サッカーを通じてルールや秩序を守る大切さを伝えたい。水面に水滴が落ちて波紋が広がるように、サッカーから社会全体に波及させたい」。

それを実現するには、ぜひ力を貸して欲しいと言われ、カンボジアのサッカー界と関わることになり、2021年10月14日にはカンボジア初のプロリーグを立ち上げ、私が初代CEOに就任することになりました。東京2020オリパラ大会などを通じて日本国内でもスポーツ産業に関わる人材がたくさん育ってきました。これからは、そうした人材が海外に出ていく時代だと思ったので、まずは自分自身が率先して海外に出ようと決断しました。

自分たちでハードルを越える努力が自身の成長を促す

●カンボジアでプロリーグを立ち上げることとなり、カンボジア国内の反響はいかがだったのでしょう。

カンボジアでもJリーグ設立前の日本のように、サッカーを続けても将来の仕事に繋がらないと言われていましたので、プロリーグを設立して職業や夢を得られる環境を作る必要がありました。

プロリーグ設立に関しての反対意見も数多くありました。リーグにはクラブライセンスに関する規約があり、そのクラブライセンスに沿って現存する13クラブから8クラブに絞ったことで2部に降格した5クラブから反対の声が上がりました。個々のクラブ間には大きなギャップがあって経済規模に恵まれたクラブもあれば、経済環境に乏しいクラブもあります。関係者50名ほどが集まった会議の場で、カンボジアサッカー協会のサオ・ソカ会⻑が、自身の道なき道を歩むことで成功を得てきた話をされて、何とか会議はまとまりました。

またCEOの私が日本人であったことも功を奏したのかもしれません。1993年の自衛隊によるPKO活動(国連平和維持活動)や、日本政府の多額な資金援助を通じて、カンボジアでは親日ムードが強く、日本人に対してリスペクトの気持ちが強いようです。道なき道を進む改革を日本人が先頭となって行うなら信じてみようと思ってくれたのかもしれません。

現地メディアからも批判されてきたプロリーグですが、実際にリーグが始まるとメディアからの評判も上がり、注目されるようになりました。私自身が積極的にメッセージを発してきたこともカンボジアの人々の理解を進めた要因のひとつだと思っています。プロリーグ化に反対していたクラブのオーナーが、今回2部に落ちたことで準備期間が増えてよかった、われわれも強くなって1部に戻りたいとメディアでコメントしていました。それを聞いた時には嬉しかったですね。

私が教えを受けた川淵キャプテン(川淵三郎氏)の言葉でもありますが、定められたハードルを自分たちの努力で超えてやろうという気持ちが生まれた時こそチカラが生まれて強くなります。日本のサッカーも同じように強くなってきました。クラブのためにハードルを下げるのではなく、そのハードルに対して努力するクラブを見守りたいと思っています。それがカンボジアサッカーの底上げにも繋がるのではないでしょうか。

カンボジアサッカー:イメージ

何事にも挑戦する意欲が大事

●これから国際展開をしていきたい日本のスポーツ産業関係者に何かアドバイスなどはありますか。

いま国内の人口も減少し、経済的にも海外の需要を掴まなければならない状況だと思っています。でも企業がただ海外に出ればいいという話でもありません。スポーツには人同士を繋げるチカラがあります。人の感情を揺さぶることも大きな魅力です。海外に出た際は、ただ自社の企業メリットだけをアピールするのではなく、私たちがどうカンボジアサッカーの発展に貢献できるか、スポーツの持っているイメージや感情を活用しながらアピールすれば、首を横に振る相手はいないと思います。

具体的な話をしますと、リーグのスポンサーとしてパナソニック に参加していただいているのですが、毎試合ごとにMVPに輝いた選手へ自社製品である電子レンジを提供してもらっています。カンボジアの人口7割が30代以下と若い人が中心です。いまの若い人にはひと昔ほど圧倒的に日本のブランドが浸透していませんので、サッカーの試合を通じて、自社ブランドの浸透、普及率の低い電子レンジの需要喚起などに活用してもらっています。実際、MVPを獲得した選手は電子レンジを喜んでいますし、電子レンジが欲しくてMVPを目指す選手もいます。

●いま海外で求められている人材とはどんな人なのでしょうか。

英語ができなければダメ、経営を知らないとダメというよりも「意欲」がある人なのかなと思います。何事も挑戦する意欲が大事です。いま、われわれのCPLでは新たに15人を採用しましたが全員カンボジア人。みんな経験なんてほとんどありませんがとても意欲的です。勉強したいという意欲があれば人材育成はできます。知識がなければ学ぶ機会や環境を整えれば、スポンジのように吸収していくので魅力的です。海外に出てみたい人にはそんな意欲が求められるのではないでしょうか。これは教えられることではないのかもしれませんね。興味があればドンドン海外に出てきて欲しいなと思います。

●今年2022年7月20日にスポーツ庁がスポーツ産業の国際を支援するプラットフォーム「JSPIN」のオンラインサイトを開設しましたが、どのような感想を持たれましたか。

とても素晴らしい取り組みです。このプラットフォームが5年前にあったら私も活用して海外に行けたらよかったなと思います。今度、私も9月9日に行われるカンファレンスに登壇させていただきますが、私にできる役割を考えた時に、実例を作っていくことが大事だと思っています。東京2020オリパラ大会でスポーツ産業のスキルを持った人たちが海外で役職について、その国において社会的、経済的なインパクトをどれだけ残せるか。今回のJSPINのプラットフォームに乗り、事例を作ることも重要なのではないでしょうか。

Jリーグが発足されてから30年になりますが、自分たちでプロリーグを作り、自分たちで考えて実行して、それを継続して競技力を強くした事例は珍しいです。こうしたソフトのノウハウや日本のスポーツ人材が海外に出ていくことが期待されているところで、世界も求めているのは間違いないと思います。

参考:JSPINネットワーキングカンファレンス2022(第1回)
https://jspin.mext.go.jp/event/conference-2022-1/

斎藤聡さん:イメージ1

地雷原だった地から「平和の芝」でカンボジアに貢献

●今現在、注力していることはありますか。

いま「平和の芝」というプロジェクトに着手しています。カンボジア南端とタケオ州にキリボンスタジアムというサッカー場があって若者たちがサッカーを楽しんでいるのですが、そこは、かつて1993年にPKO活動で自衛隊が駐屯場として使用していた場所。30年後、今ではサッカースタジアムとして使われているのです。

そのスタジアムをはじめカンボジア全土にあるサッカースタジアムの芝を張り替えるために国立競技場のグラウンドキーパーとして芝生の管理を任されている”芝生職人”の池田省治さんに関わっていただいていています。国境地帯、かつて地雷原だった場所の跡地利用として、サッカー場に使われる芝生を育てるプロジェクトを進めています。

30年前は地雷処理として自衛隊の技術が貢献してきました。現在は私たちに何ができるか考えた時に、スポーツ振興と共に発展した日本の技術とノウハウで新たにカンボジアに貢献できるのではないかと思いました。自分の中の「日本人魂」が湧き上がってきたのかもしれません。「平和の芝」をカンボジアに残せたらいいなと思っています。

池田省治さんと芝の育成:イメージ

【プロフィール】

斎藤聡さん:イメージ2

斎藤 聡(さいとう さとし)
慶應義塾大学法学部卒業後、伊藤忠商事に入社。その後スペインESADEビジネススクール修了(MBA取得)。FCバルセロナのアジア人初のスタッフとして同クラブの国際化に尽力。帰国後は日本サッカー協会にて、日本代表戦の競技運営やマーケティング業務を担当。FIFAコンサルタントとして、タイ、インドネシア、カンボジア等のサッカービジネス発展に寄与。2017年米GMRマーケティング日本支社代表を努めた後、2020年HMRコンサルティングを設立し代表取締役に就任。2021年10月より現職。

●本記事は以下の資料を参照しています

Cambodian Premier League 公式Facebook(2022-08-01閲覧)
カンボジアサッカー協会 公式Facebook(2022-08-01閲覧)
JSPIN オンラインサイト(2022-08-01閲覧)
JSPIN:ロゴイメージ

※斎藤聡氏には、2022年9月9日(金)に東京会場とオンラインのハイブリッド形式で開催予定の「JSPINネットワーキングカンファレンス2022(第1回)」にご登壇いただく予定です。同カンファレンスでは、海外進出を進めている企業や団体の講演のほか、テーマ別のネットワーキングセッションなど、登壇者や参加者同士のつながりを深める機会を提供します。詳細、お申し込みはJSPINオンラインサイトのイベントページ(https://jspin.mext.go.jp/event/conference-2022-1/)をご確認ください。

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