「ハイパフォーマンススポーツ・カンファレンス2020」を取材。我が国の国際競技力強化の中核拠点HPSCのコロナ禍における取り組みとは

ハイパフォーマンススポーツセンター 外観

ハイパフォーマンススポーツセンター(HPSC)は、オリンピック・パラリンピックでの活躍を目指すトップアスリートがトレーニングを行うとともに、様々なサポートを受けられる、競技力強化に当たって欠かすことのできない、日本の国際競技力強化の中核拠点です。
昨年来、新型コロナウイルス感染症の影響で社会の状況が一変しましたが、HPSCは選手たちが安心・安全に強化活動に専念できるよう、様々な形でサポートに努めてきました。スポーツ実施環境において感染拡大を防ぐためには、どのような対策が効果的なのか。この期間、HPSCで続けられたサポートとは?HPSCにおける取り組みや知見の共有等のために開催された「ハイパフォーマンススポーツ・カンファレンス2020」を取材しました。

ハイパフォーマンススポーツ・カンファレンス2020

ハイパフォーマンススポーツセンターとは

HPSC概要ハイパフォーマンススポーツセンター HPSC概要をもとに作成

ハイパフォーマンスセンター
https://www.jpnsport.go.jp/hpsc/home/tabid/36/Default.aspx

ハイパフォーマンススポーツセンター(HPSC)は、東京都北区・西が丘にある国立スポーツ科学センター(JISS)とナショナルトレーニングセンター(NTC)の機能を一体的に捉えた、独立行政法人日本スポーツ振興センター(JSC)が運営する我が国の国際競技力強化の中核拠点です。JISSはスポーツ医・科学、情報による支援や研究、NTCはアスリートのためのトレーニング・合宿施設の提供など、オリンピック・パラリンピックでの活躍を目指すトップアスリートを様々な側面でサポートしてきた我が国の国際競技力強化に欠かすことのできない存在です。

HPSCにおける日頃の取り組みの発信の場として、昨年12月20日、「ハイパフォーマンススポーツ・カンファレンス2020」が、オンラインで開催されました。「NEW STYLE with HPSC~新しい日常でのエビデンスベーストの支援・研究を考える~」を大テーマに掲げ、新型コロナウイルスの影響を受け続ける昨今の状況下においてHPSCで取り組んでいることや、今後のサポートについて議論が交わされました。

HPSCの一部門であるJISSのセンター長を務める久木留毅氏は、ハイパフォーマンススポーツに関するさまざまな研究と知見を、一般の国民に還元していくことも、HPSCの大きな使命と強調します。

「我々は、スポーツを軸にした研究・開発で、広く国民の皆さんの生活に役立てるように、健康や栄養、運動などに関する情報を、冊子やインターネットを通じて発信しています。JISSは来年で20周年。我々のハイパフォーマンススポーツ研究から生まれた知見を、今後も展開していきます」

本記事では、カンファレンスの内容を、3つのセッションごとに紹介していきます。

スポーツ実施環境における感染リスクを低減するには?

セッション1の様子

~セッション1:新型コロナウイルスも含め「スポーツ実施環境における新たな感染症対策」について考える~

ハイパフォーマンススポーツ・カンファレンス2020【配信映像①】(※配信期間:2021/2/1~2021/3/31)
https://youtu.be/O1noU5w90y4

最初のセッションでは、HPSCのスポーツメディカルセンター長を務める奥脇透氏を司会に、スポーツ実施環境における新型コロナウイルスの感染症対策についてのディスカッションが行われました。

冒頭、スポーツメディカルセンター内科医の蒲原一之先生から、HPSC内で実施している感染症対策について発表。HPSCでは、アスリートが安心して利用できるよう、感染症対策のガイドラインの策定・遵守、HPSC利用に当たっての検査体制の整備など、様々な対策をとっています。

その上で、一人一人が日常的な感染症対策を徹底することも重要と、蒲原先生は話します。「陰性の人のなかにも感染経験がある人はいると考え、一人一人が対策をとっていくことが重要です。具体的には、三密を避ける、こまめに手洗い・手指消毒をする・マスクをつけるなどの基本の徹底と、自分専用のドリンクホルダーを用意する、少人数に分かれて練習するなど、ウイルスを広げないための対策の徹底をお願いしています」

さらに、順天堂大学大学院医学研究科の堀賢先生は、スポーツ実施環境における一般的な新型コロナウイルス対策について発表。
「コロナの症状として、味覚や嗅覚の喪失がよくいわれますが、それはほかの疾患でもよくあることです。発熱や倦怠感を含め、こういった症状が出たら、すべてコロナだと思って動くこと。まずはただちに自宅待機とし、学校や会社、競技責任者やトレーナーなどに連絡して、学校などではなく必ず居住地の保健所にかかってください」
選手の体調チェックはアプリで一括管理するなど、新しい時代の方法を取り入れることも、堀先生は勧めています。

メディカルセンター内科医の土肥美智子先生も交えて意見交換がなされ、堀先生からは具体的な感染症対策に関する助言がなされるなど、スポーツ現場で生かせる最新の感染症対策の知見が共有される機会となりました。

コロナ禍でいかに選手をサポートするか――限られた環境が見せた明るい側面

~セッション2:新しい生活様式の中での科学的サポートのあり方について~

ハイパフォーマンススポーツ・カンファレンス2020【配信映像②】(※配信期間:2021/2/1~2021/3/31)
https://youtu.be/nGym1vsNQqk

2つ目のセッションでは、HPSCスポーツ科学部の窪康之氏を司会に、コロナ禍においてHPSCのスタッフが実際に行っているアスリートへのサポート(ケア、トレーニング、映像分析、栄養等の各分野の専門スタッフによるスポーツ医・科学、情報サポートを実施するもの)について紹介がありました。

最初に登壇したのは、主に空手競技を対象に映像サポートを担当している大徳紘也氏。普段は各選手の所属先等に出向いて撮影した練習・試合映像の即時フィードバックや分析データの提供などを行っていますが、コロナの影響でサポート方法が変わったと言います。
「国際大会がほとんど中止となるなか、コーチや選手たちは、私が現地にいなくても自主的に機材を使って撮影しながら活動をしていました。その映像をもとにコーチとSNS等でやり取りをしてより良い動作の裏付けを行い、その結果、スタッフ不在時でも最低限の映像機器を活用した練習が習慣化されました。また、大会がなかなか開催されなかったため、これまで大会ごとに断片的だった情報をシーズンごとにまとめ、ウェブ会議ツールを活用してコーチ・選手に提供することで、データ理解をより一層深めることもできました。」
現場で指導者と選手が自主的に映像を活用してくれたこと、データ共有の時間を多くとれたことなどにより、コロナの危機を乗り越えて活動を継続できています。「いまは金メダルに近づくための期間」とし、先行きが見えない状況でどう情報発信していくかという課題にも向き合っています。

次に登壇したのは、主に柔道重量級の選手を対象にストレングストレーニングを担当している猪俣弘史氏。コロナの影響で、リモートでのサポートも始めました。

リモートでのサポートに当たってポイントになるのは、選手たちとのSNS等を使ったコミュニケーションを密に図ること。個々にトレーニングを続けるなかで、疑問点や不明点を、選手たちがSNS等で送ってくるようになりました。それに対して、猪俣氏も、選手たちの疑問に応えるよう、自身で各トレーニングのポイントを説明しながら動画を撮影し、見本として送り返します。
コロナ禍でも自粛期間中でもなるべく外出を避けたい昨今にはおすすめの自宅でも取り組むことができる効果的なトレーニング例として、猪俣氏は筋への刺激や持久力の維持を目的とした「トランプトレーニング」を紹介してくれました。

トランプトレーニング1

トランプトレーニング2

「カードを1枚ずつ引いて、黒が出たらスクワット、赤が出たら腕立て伏せを、出た数だけ行います。バリエーションとして、枚数限定や時間限定にして、ウオーミングアップに活用するなど、広く応用できるのでお勧めです」
東京大会の延期が、選手たちに暗い影を落としたかといえば、いまはそうではないと猪俣氏は言います。「延期の期間でまた強くなれる」「自分たちが頑張る姿勢を見せることで、人々にも活力を届けたい」と話す選手がいること。猪俣氏は、大きな手ごたえを感じるとともに、引き続きできることを模索しながら強化を進めたいと話しました。

トレーニングを安全に再開し、効果的にベストを尽くすために

セッション3の様子

~セッション3:トレーニングの継続が困難な状況から再開する際の効果的なトレーニングについて考える~

ハイパフォーマンススポーツ・カンファレンス2020【配信映像③】(※配信期間:2021/2/1~2021/3/31)
https://youtu.be/MnpfRcN3nGM

最後は、HPSCスポーツ科学部の山下大地氏がまとめ役となって、早稲田大学スポーツ科学学術院の広瀬統一先生、順天堂大学スポーツ健康科学部の宮本直和先生を迎え、トレーニングの再開に当たって効果的なトレーニングに関する最先端の情報が提供されました。

緊急事態宣言を受けて社会の状況が一変する中、HPSCは、ホームページの特設サイト上で情報提供を積極的に行いました。例えば、スクワットのための準備エクササイズなど、エクササイズを組み合わせてパッケージ化。トレーニングの再開に当たって段階的に強度を高める方法を集めて提供することで、急なトレーニングによるケガ防止などを呼びかけました。

「6月のHPSCの施設再開以降、痛感したのは、限られた環境下でベストを尽くすためのトレーニングを追求する必要があるということです。」山下氏は言います。
そうした課題意識の下で、このセッションでは、スポーツ医・科学研究の専門家である宮本先生、広瀬先生から専門的な知見の紹介がありました。

宮本先生からはと、適度なディトレーニング(トレーニングの中断)がパフォーマンスに好影響を及ぼす可能性 もあるという知見の共有がなされました。
「毎日トレーニングを続ける“継続群”と、一度トレーニングをやめて再開し、またやめることを繰り返す“中断群”とを比べると、24週間で両者の筋肥大率には差がありませんでした。さらに長い期間だと、むしろ中断群のほうが効果的だったのです」

広瀬先生は、再開時における有酸素系の機能低下とケガの発症率の高さを指摘し、注意喚起をしました。
「トレーニング再開後のコンディショニングにおいて大切なのは、強度の維持と生活習慣の見直しです。段階的に強度を高めるために、前の週より3割増し未満に抑えること。各競技で、負荷を定量化するのも大切です。また、日々の体温や睡眠時間、摂食状況を記したコンディションチェックシートを活用し、選手と対話しながらトレーニングを進めてください」

これらの情報提供を受け、山下氏は「先生方のお知恵を借りながら、今後、トレーニング、栄養、心理などさまざまな専門家がもつ最先端のデータ共有を推進していきたいと思います。トップアスリートのサポートをしつつ、その知見をジュニア世代や一般にも提供していけたら」と話し、セッションを閉じました。

最後に、センター長の勝田隆氏があいさつ。コロナ禍において、工夫してできることや新たに挑戦できることもあると前向きに話した上で、「我々HPSCは、実に多くの人に支えられ、たくさんのことを気づかせていただいていることを痛感しました。スポーツ界にとどまらず、社会全般からフィードバックをもらって、この困難な時期を越えていくために、真摯に取り組んでいきたいと考えます」と話し、感謝の意を述べ、本カンファレンスを締めくくりました。

まとめ

新型コロナウイルスの影響により、世界が一変してしまった2020年。そのような状況でも着実にトップアスリートをサポートしていくこと、そして、その成果を、トップスポーツを超えて幅広く還元していくことを通じて、HPSCの活動は続いていきます。

本記事は以下の資料を参照しています

ハイパフォーマンススポーツ・カンファレンス(2021-02-01閲覧)

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