【対談】Afterコロナ期に向けたスポーツ界の在り方① 指導者も、科学の力と学び続ける必要性 鈴木スポーツ庁長官×桑田真澄(野球評論家)×益子直美(バレーボール指導者)

鈴木長官、桑田さん、益子さん

With コロナ・After コロナに向けたスポーツ界の在り方について、鈴木大地スポーツ庁長官と各界のオピニオンリーダーが語り合うシリーズ企画記事「Afterコロナ期に向けたスポーツ界の在り方」。今回は元プロ野球選手の桑田真澄さんと元バレーボール全日本代表選手の益子直美さんをお招きしました。(お二人のプロフィールはこちら)元アスリートであり、現在、選手や指導者などスポーツ界の人材育成に深く携わる立場にあるお二人に、スポーツ界における人材育成の現状や展望について、鈴木長官と語り合っていただきました。

コロナ禍で改めて大きなキーワードは「科学の力」

鈴木

今、コロナ禍で子どものスポーツ環境や部活動なども大きな影響を受けています。あらためてここから、子どもたちに、どんなスポーツ環境を残していかないといけないか考えてみたいと思います。
私は野球の大ファンでもあるんですが、コロナ禍の影響で、プロ野球開幕の延期や春のセンバツ大会、夏の甲子園大会が中止となりました。その後、関係者の尽力で、高校野球の甲子園の交流試合、地方大会の独自大会が開催され、ようやく感染症対策と両立した一つのかたちができました。これまでの野球界全体の動きを振り返られて、桑田さんはどのように感じられましたか。

桑田

高校3年生をはじめ、各ステージの最終学年の選手たちは、非常につらい経験をしたと思います。もし、僕自身が高校3年生だったら、目の前が真っ暗になっただろうと思います。でも、時間は待ってくれないので、新たな一歩を踏み出さないといけない。今夏は従来のような甲子園大会が開催できませんでしたが、1試合だけでもプレーできたのは重要だったと思います。これで卒業なんだという節目の経験をしないと、次の一歩が踏み出せないですから。大会に尽力された関係者の皆さんには、感謝の気持ちを伝えたいです。

鈴木

コロナ禍でスポーツがなくなり、いかにスポーツが、われわれの人生の中で潤いを与えていたのか気付かされて、スポーツの価値をあらためて感じました。コロナになったから気付いたこと、より効率良く安全な練習、スポーツをする喜びというものを感じたのではないかと思っております。

桑田

私もこの期間にいろいろなことを考えましたが、やはり大きなキーワードは「科学の力」だと思います。新型コロナウイルス対策で、情報が乏しい初期の段階は専門家ですら試行錯誤していたように思います。でも、科学的な研究データが蓄積されることで、徐々に有効な対策がはっきりしてきたのではないでしょうか。野球界も練習中や試合中の感染予防について科学的な見解を活用したと思いますが、私は日本のスポーツ界全体が科学の力をもっと活用すべきだという思いを強く持ちました。
明治時代に野球が日本に伝わった当時は、スポーツ医科学なんて全く発達しておらず、レントゲンさえなかった時代でした。どうやって競技力を高めたのかというと、スポーツ医科学ではなく「精神の鍛練」なんです。でも、今はスポーツ医科学がこれだけ発達していますから、それをフル活用することが大事なんじゃないかと思います。

競技力向上には必要だということでやってきましたが、今はスポーツ医科学が発達して、これは良い、これは駄目だということが分かってきました。いろいろなことが解明されてきて、それを活用していく時代だと思いますので、コロナ禍で僕はあらためて科学の力はすごく大事だと再確認しました。スポーツ界でもこれをきっかけに、もっと、もっと科学を、スポーツ医科学を活用するということが大事じゃないかと思います。

鈴木

医科学の話でいえば、アメリカの野球界では、「ピッチスマート(※)」というものがありますね。

※ピッチスマート
2014年にMLBが医師をはじめとした専門家の意見も取り入れたガイドラインで、年齢ごとに1日の投球数の上限、その投球数によって必要な休養日が細かく定められている。

桑田

はい。ピッチスマートはピッチャーの肩、ひじ、体を守るために、メジャーリーグとドクターが約20年間研究した上で提唱された指標なんです。まさに科学の力の結晶です。ですから、なぜ、日本の野球界がそれを参考にして、日本版のピッチスマートをつくらないのか、僕はよく理解できないです。

鈴木

昨年、キューバの少年野球を視察したのですが、キューバでは15歳ぐらいまでポジションを決めないんだそうです。みんなに投げさせたり、選手が好きなポジションをやらせていました。また、コーチは全員指導の勉強を行い、必ず大学で、トレーニング理論だけでなく、心理学、モチベーションをどうやって上げたらいいかなども含めて、教育を受けている人が、指導をされているという話を聞きました。日本と外国との差を感じました。

桑田

そうです。これから指導者のライセンスが大事になると思います。「俺は、昔、中学まで野球をやっていたから」と言って、監督になる人も多いですが、これからの時代は、ティーチング、コーチングとはどういうものかを身に付けた人が、子どもたちの指導をしていくことが絶対必要だと思っています。ライセンス制を導入して、われわれ大人がみんなで勉強して、そして、子どもたちを大切に育てていくという、そういうスポーツ界にしたいです。

監督が「怒ってはいけない」益子カップ

「益子カップ」の様子写真提供:益子直美さん

鈴木

バレーボールも激しいトレーニングで有名ですけれども。

益子

はい、桑田さんが言ったように、いま「科学」という言葉は広まっていますが、まだまだ、届いていない指導者もたくさんいます。一度、怒っている監督に、「先生は、どういう指導を受けてきたんですか」と聞いたら、「いや、俺のときなんか、もっとひどかった」と答えられました。過去からの指導が連鎖をしていて、先生たちも被害者なんだということが分かったわけです。

鈴木

益子さんは2015年から福岡で「益子直美カップ小学生バレーボール大会」を開催されており、その大会では、監督が怒ってはいけないというユニークな試みを行っていますね。

益子

「益子カップ」を開きましたが、いろいろな意見をいただき、なかには「自分がお世話になった監督を、否定するのか」「批判するのか」という声もありましたが、私は監督には本当に感謝しかありません。当時は、それが当たり前の時代だったんでしょうがないと思っていますし、部活も、先生たちは担任を持って、授業もやって、家族もいる中で、全部私たちに時間を注ぎ込んでくれて。本当にあの熱意には本当感謝してもしきれないぐらいです。
怒られながら、部活、バレーボールをやってきた経験から言うと、技術はすごく伸びたと思うんですけれども、体の酷使と、あと、心です。怒られすぎて、心が育っていない。ずっと、答えを全部100%先生にもらって、それを無難にこなしている感じだったので、コーチングという部分の「自分で考える」というところが育っていませんでした。益子カップでは、監督が怒らずに自分たちで考えて、次に何をするかとか、あとは、楽しいという気持ちを大事にしてほしいと思っています。

鈴木

「益子カップ」では、どのようなことをやっているのですか。

益子

午前中は、子どもたちとみんなで遊ぶんです。マルバツクイズをやったり、大縄跳びをやったり、リレーをしたり。笑顔のウオーミングアップをした後に、試合を行います。試合には、なるべく全員を出場をお願いしています。活躍した選手には、これまで優秀選手賞だったんですけれども、今はスマイル賞を差し上げています。

鈴木

大会で何か苦心されたことはありますか。

益子

今年で6年目ですが、最初のころは監督が怒ると、私が怒りに行きましたが、今はバッテンマークのマスクを渡して、「ちょっと落ち着いてください」と伝えるのですが、「えっ、怒っていないよ」と、監督さんは気付いていないんです。言葉にはしていませんが、貧乏ゆすりとか、ベンチにふん反り返るとか態度に出ている監督もいました。

桑田

夢中になりすぎて気づかないのですね。

益子

でも、大会後、いつも子どもたちから感想を聞くんですけれども、「監督が怒らないからといって、甘えないで、自分たちで声掛けをした」とか、「いつもは怒られるから、無理して飛び込んで、取りに行けないボールも取りに行けた、上がった」というような、成長というか、自分たちで考えるプレーができているようです。

自分で考えて行動できる選手は他分野でも活躍できる

鈴木長官、桑田さん、益子さんによる対談の様子2

鈴木

今のお話を聞いて、選手の「自発性」について桑田さんはいかがですか。

桑田

スポーツは、自分で考えて行動できる選手じゃないと上達しません。でも、野球界では指導者から言われたこと以外をやると、「何をやっているんだ」と言って怒られるので、選手たちは言われたことしかやらない。そんな選手が社会に出ても、活躍できないでしょう。僕は野球人ですから、一人でも多くの選手に、プロ野球選手や、メジャー選手になってもらいたいです。でも、たとえどのステージで野球を引退しても、一般の社会で活躍できる人材を育てていくというのが、僕はスポーツだと思っているんです。野球であれ、バレーであれ、水泳でも。
その競技でトップアスリートになることも大事ですけれども、野球をやっていたことによって、いろいろなことを学んで、そして多様な世界、社会で活躍できる人材になって欲しい。僕は、それがスポーツの一番の大きな力だと思うんです。

鈴木

スポーツで人をつくるといいますか。これは第2期スポーツ基本計画でも骨子で謳ったスポーツの大事な側面だと思います。
そういう面で最近は、野球の競技人口にも、かなり変化が出てきているというお話がありますが。

桑田

どんどん野球人口が減ってきています。野球界の中には「減少を食い止めて、今まで以上に増やしたい」と言う人もいますが、僕は、この流れは実は良いことだと思っています。なぜかと言いますと、野球界で大事なのは、最適化だからです。今までチーム数も選手数も多すぎました。僕たちの時代は、野球部に200人ぐらいいましたから。そのなかには、3年間一度も試合に出たことがない、グラウンドで練習すらしたこともないという選手がたくさんいました。

鈴木

バレー界はそのあたり、どうですか。

益子

やはり競技人口は低下していますが、ママさんバレーは根強く人気です。お母さんと一緒に行ったお子さんが、バレーを始めるパターンがすごく多いです。

鈴木

ジュニアはどのような状況ですか。

益子

いまは小学生でも練習が厳しく、練習量も多いですし、ポジションが固定なんです。中学生からはローテーションがあって、例えば、小学生でも165センチとか、女の子でも大きい有望な子がいると、もうエースとして、打ちまくるわけです。先ほどの高校野球のピッチャーの投球数と同じような状況です。

桑田

酷使してしまうのですね。

益子

はい。試合数もすごく多いですし、そのあたりは変えていかないと。ちょっと人気も落ちて、バレーボールはすごく「厳しい」「怖い」「楽しくない」とか思われてしまいます。友人の高校3年生になる娘さんが強豪高校のバレーボール部で頑張っているんですけれども、この間、会ったら、「大学に行ったらバレーをやるんでしょう」と尋ねても「やりません」と言われました。「うちの高校の3年生は、1人だけ推薦がかかって、それ以外は誰もやりません」ということでした。

鈴木

そこでストップしてしまうのが、日本のスポーツ界として、大きな損失でもあると思います。高校野球もそうだと思いますが、勝利至上主義というのでしょうか、もう死んでもいいぐらいの情熱を傾けるけど、全力を尽くす事とはニュアンスが異なります。すべてを失うとか、もう金輪際、そのスポーツをやりたくなくなるとか、そこまでやったら、行きすぎな気がしています。
われわれは、部活の中で完全燃焼してしまうのではなく、生涯にわたって、そのスポーツを続けてもらいたい。生活の中にスポーツが入っているライフスタイル「Sport in life」を目指しているところです。スポーツが好きな人こそ高校で全部終わっちゃうんじゃなくて、生涯ずっと続けてもらいたいです。

「この歳になって真のスポーツの楽しみ方を満喫しています。」

益子さんとバレーボール仲間写真提供:益子直美さん

鈴木

桑田さんご自身も近年になって仲間たちと野球をされていましたね。

桑田

マスターズ甲子園というのがありまして、PL学園で1チームつくって出場しました。最年長は60歳代、一番若い選手は20歳代です。先輩も後輩も1つのチームになれて楽しかったですね。野球は、こんなに楽しいんだと再確認しました。そして、学生時代も、こんなに風に楽しく野球ができたらいいのにという、という思いが巡ってきました。そのためには、どんな仕組みや指導法を実践すべきなのか。良い課題をもらった大会でもありました。

鈴木

益子さんはバレーボールはいかがですか。

益子

私も去年からバレーボールの練習を、月に1回、かつてのチームメートたちと有志で始めました。

鈴木

どういうきっかけで、始めたのですか。

益子

私は25歳で現役を引退しました。じつは現役のときの目標が引退することだったんです。もう本当に逃げたい、逃げたいと思って、優勝したら辞められるというので、優勝した後から、監督に「辞めます」と何度もお願いしていて、辞めるまで2年続けましたが、バレーボールを楽しむことができませんでした。引退後も解説などをやらせてもらいましたが、もうボールは触りたくないと、ずっと思っていました。
それが、ペップトーク(※)や、スポーツメンタルコーチの資格を取得して、ネガティブな気持ちをポジティブに変える技術を学ぶことで、自分が前向きになり、バレーボールに対して、このままで終わってはいけないと思いました。ちょっと遅いですけど、この歳になって、「楽しむバレー」をやりたいと思って始めました。初めて自分で体育館を取って、仲間を集めて、ボールを買って、そういう下準備から全部をやる楽しみも新鮮でしたし、「自分がやりたいからやる」という、これが真のスポーツの楽しみ方を満喫しています。

※ペップトーク
スポーツの試合前に監督やコーチが選手を励ますために行う短い激励のスピーチ

桑田

長官も泳いでるんですか?

鈴木

わたしも、昨年から月に1回ぐらいなんですけれども、当時のオリンピックに出た連中で、また集まって泳ぐようになったんです。この歳になって。

益子

一緒です。

鈴木

はじめは同窓会のような集まりでしたが、飲むだけじゃ駄目だと。みんなの体も、少しずつあちらが痛い、こちらが痛いという年齢になってきた事もあり、「みんなで泳ごう」ということになり、月に1回集まって、泳いでいます。皆オリンピアンなんですけれども、もう50メートルを泳ぐのが大変というぐらいの人もいるんです。

桑田

そうなんですか。

鈴木

でも、月1回でやっていくと、少しづつ泳げるようになってきて。徐々に、昔に戻ってくるようになるんです。何より、一人で泳ぐよりも、みんなで泳ぐとなると、今日も行こうかとなるんです。ですから、もちろんその泳ぐ気持ち良さもあるんですけれども、みんなで集まって楽しくやる、そういう楽しみ方も、スポーツの良さだと思っています。

鈴木

練習が楽しくなかったとか、練習が辛かったとか、いろいろな経験があったと思いますが、やはり、子どもたちがスポーツから楽しいという経験を学ぶのが一番大事だと思います。

指導者は「学ぶことを止めたら、教えることをやめなければならない」

鈴木長官、桑田さん、益子さんによる対談の様子4

鈴木

私は、勝利主義は大事なことだと思いますが、行き過ぎた勝利至上主義は問題があると考えています。勝利を目指す過程は、とても重要な時間ですが、ただ勝利がすべてに勝るような事はどうかと思います。

若い頃は、勝利至上主義でなく、「育成主義」であるべきだとか、いろいろありましたけれども、例えば、勝利至上主義のプロ野球が、どういう間隔で投手に投げさせるかというと、やっぱり1週間に1回とかになるわけですよね。

桑田

はい、精神的にも肉体的にも出来上がったプロ野球選手でも、現在では1週間に1回しか登板しません。ところが、今の甲子園大会はまだ体が出来上がってない学生が、連戦、連投で、何百球も投げる。そうした現状も、科学の力を活用して、変えていかなければいけないと思います。

鈴木

エビデンスで、指導法を変えていく時代に来ているかと思います。

桑田

競技ごとの選手のピークもすごく大事です。野球選手のピークは20代後半です。ですから、小・中・高校生が無理する必要はないんです。20代後半に迎えるピークに向けてケガなく大事に育てていけばいいと、私は思っています。

鈴木

バレーボール界では監督が厳しすぎる以外に課題はありますか。

益子

練習時間の長さです。休みがないですし、勉強よりも練習みたいな、そういう雰囲気になっています。先日、そうした指導に関して大山加奈ちゃんと対談をしたんですけれども、その後、たくさんの父兄の方からメッセージが来て。やっぱり怖すぎる指導者で、娘が心を病んでしまったとか、そういう相談のメールがたくさん来ました。
いま指導者に向けて、一緒に勉強会みたいなことをオンラインでやっていますが、なかなか頑固で「変わるきっかけがない」ということをおっしゃっています。やはり選手もそうですけれども、指導者さんが常に学んでいかないと。もう「学ぶことを止めたら、教えることをやめなければならない」という、フランスのサッカー監督ロジェ・ルメールさんの言葉が、本当にそのとおりだと思っています。学ぶきっかけをつくってあげたいと思っています。

鈴木

先ほど、自分の受けた指導をそのまま受け継ぐような話もありましたが、時代は変わっているので、その時代が変わった分だけ勉強もして、自分のコーチングを変えていただきたいですよね。

益子

そうですね。長官が子どもの頃はどんな指導だったのですか。

鈴木

高校2年生の私はオリンピックに出たいと思っていました。そこでコーチが「おまえは俺の家に下宿して、全部、食事から何から何まで管理してやる」と言うので、私は「ありがたい話ですが、そんなことをしなくても、オリンピックに行ってみせます」と言っちゃったんです。その代わり、自分なりに頑張らなきゃいけなかったんですが。でも、そのときにコーチが「何を言っているんだ、家に来い」と言わずに、「そうか」と言ってくれたのは素晴らしかった。今の若者は、人に管理されることを嫌って、自分自身で頑張らせた方が力が出るんだと理解してくれて、それは本当にありがたかったです。

桑田

選手に対してのリスペクトと、指導者に対するリスペクトがあったから、うまくいったと思うんです。ですから、これからの時代に必要なのは、武士道精神とか絶対服従ではなく、スポーツマンシップではないでしょうか。科学の力を活用する、スポーツも勉強もバランスよく時間を使う、自分も他人もリスペクトする。そういったキーワードがすごく大事だと思います。

鈴木

日本だと選手とコーチというのは、徒弟制度のように上下関係にありますが、私がアメリカに行った時はちょっと違いました。どちらかと言うと縦じゃなくて、斜めか、横ぐらいの。本当に選手とコーチという、対等とまでは言わないですが、規律がない訳でもない、非常にそのフランクな関係が、本当にうらやましかったです。

桑田

僕もそうあるべきだと思います。メジャーリーグでは、選手がケガをした場合、監督ではなくトレーナーが「ノー、駄目だ」と判断したら、選手交代です。日本の場合は、トレーナーが「監督、絶対駄目です」と言っても、監督が「おまえ、行けるだろう」と言ったら、選手も「行けます」と言わざるを得ない。監督、指導者がすべてで、トレーナーやドクターへのリスペクトが低いです。

鈴木

益子さんも、いろいろ海外の選手を見てきたと思いますが。

益子

私たちが全日本のころは、まだアメリカはそこまで強くなかったんです。今は強豪チームですけれども。
日本は、小学生のころから一生懸命練習しているので基本がすごくきれいで。もうどこに出しても、基本だったら日本が世界一というぐらい、本当に徹底してフォームとかきれいなんです。一方、アメリカはそこまで基本はやっていなくて、楽しんでいるようでした。スパイクも逆足の選手がいたり、タイミングが全然違う感じだったり、粗削りだったんです。
私たちのころは一度も負けなかったアメリカですが、フルセット14対14になると、もう非常に強いんです。わたしは、もう本当にビビリで、そうやって競ったとき、ここだけの話ですが、内緒でサインを決めていて、今、自信がないから、トスを持ってこないでって。でもアメリカの選手たちは全員が「カモン、カモン、わたしに持ってこい」と声がすごく出るんです。自分が決めてやるみたいな。本当にそこが、日本とアメリカの違いです。いまはアメリカの技術が日本に入ってくる時代で、もう立場は逆転です。

これからのティーチングとは

鈴木長官、桑田さん、益子さんによる対談の様子5

益子

先日、41年間の指導歴がある高校バレーの監督さんにお話を聞きました、その方は、半分は「怒る指導」で、後半の半分は「選手の自主性を」という両方の指導を経験されていました。変わるきっかけが、選手からのボイコットだったそうです。
「何で、そうやって怒る指導をしていたんですか」という質問をしたら、やはり自分のため、ちょっと有名になりたいとか、「選手第一じゃなくて、自分のほうに向いていた」とおっしゃっていたんですけれども、やはり殴ったり、怒ったりした夜は、お風呂の中で「あしたは絶対、怒らない」と本当に反省してたそうです。でも反省していても、依存症や中毒のようなもので、なかなかやめられず、すごく悩んでいたという話を聞いたとき、少し胸が苦しくなりました。

鈴木

私は指導の経験もあって、大学でコーチ、監督を10年、20年やってきました。選手を辞めた後にすぐ教えたときは、何で自分ができることを、パッとできないのかと思って、たまにイライラと怒ったりしましたが、怒ると、明らかに体の中に変な物質、例えばコルチゾールのようなものが分泌されてるのが分かるんです。
そうなると自分が嫌な感じになってしまって。その後、少し待って、余裕を持ってコーチングを心がけ、学生、選手が自分で頑張るように仕向けていくよう雰囲気も良くしたり、そういうことをし始めたら、急にチームが強くなってきて、面白いと思いました。

鈴木

皆さんもチームを持たれたり、テンポラリーで教えたりする機会もあると思いますが、これからのコーチング、ティーチングをどのように、変えていけばよろしいですか。

桑田

いつも指導するときに頭に入れているのは、コーチング、コーチの語源です。私は、大切な人を、彼らの目的地まで送り届ける伴走者だと、いつも自分に言い聞かせるんです。ですから、選手とともに考え、悩み、苦しみ、そして、喜ぶ伴走者なんだと言い聞かせながら、「おまえの目標はこうだよね、今ここだ、俺はこうしたらいいと思うんだが、おまえはどう思う」とか、そうやって、コミュニケーションを取りながらやっています。
小学生、中学生のチームをつくり、いろいろなところでも指導させてもらいましたが、将来的には、野球界で統一した指導者のライセンス制度を導入して、みんなで学び、そして、みんなで、子どもたちを大切に育てていくという野球界にしたいと思っています。

益子

私は自分自身がバレーボールを嫌いになっちゃっていたんで、とにかく本当に楽しい、大好きと、もう何歳になっても、その気持ちを持ち続けられるような指導をしてもらいたいと思っています。そこが一番の基本です。あとはコミュニケーションの取り方が、昔の怒っている監督さんは一方的で、私は「はい」と「いいえ」しか、監督に言えませんでした。選手一人一人タイプが違うので、コミュニケーションの取り方とかを、まず聞くというところをやってほしいと思います。

桑田

コミュニケーションは双方向じゃないとね。

益子

でも、コロナ禍のおかげでというか、練習も短縮になって時間が取れるようになりました。監督さんには、この時間を利用して、選手たちとのコミュニケーションを取ってもらいたいと思います。

鈴木

声がけは大事ですよね。先ほど、益子さんはいろいろ勉強をされていると言っていましたが。

益子

「益子カップ」で、監督に怒っちゃ駄目、怒っちゃ駄目とやっているんですが、では、怒らない代わりに、どんな指導方法なのかと自分で問うと、あれ、私はノーアイデアみたいな。そこで、何から勉強すればいいかと思って、まず、怒りというところで、アンガーマネジメントファシリテーターをやりました。また、モチベーションを上げるとか、前向きになれるというのが私は苦手だったので、スポーツメンタルコーチングの認定試験を受けましたし、言葉が脳にどんな影響を与えるかなど、勉強は続いています。勉強したら、すごく自信につながって、この歳でも成長できることがわかりました。

鈴木

多くの指導者に、そういう勉強とか知識を入れてもらいたいですよね。

スポーツは自ら楽しむ時代に変革を

鈴木長官、桑田さん、益子さんによる対談の様子6

鈴木

これからのスポーツにとって一番必要なこと、このようになってもらいたいことがございましたら、一言ずつお願いします。

桑田

今年は、選手も指導者の方も含めて、大変に辛い1年になったと思うのです。だからこそ、われわれが改革を進めて、次にコロナ禍と同じような状況になっても、うまく対応できるようなスポーツ界にしていくということが大事だと思います。
「では、何をしたらいいんだ」と言われるんですけれども、各スポーツ連盟のホームページにはミッションとか、理念とか素晴らしいことが既に書いてあるんです。ですから、あとはそれを実践するだけです。もうやるべきことは分かっているのです。
野球界の各連盟も素晴らしい理念を掲げていますが、まだまだ実践できていないわけです。ですから、子どもたちに「大変だったな」と言うのではなく、われわれ大人がもっと良い環境を築き、子どもたちを育てていきませんかと、言いたいです。そのために、私も頑張っていきたいと思います。

益子

やはり基本は、スポーツは楽しいという軸を、しっかり一人一人が持って、指導者の方もそれを忘れずに、そういう指導してほしいということです。
あとは、私はもうバレーボールがすべてという状況になってしまい、引退した後には何もなくて、本当に不安の中にさいなまれてしまいました。だから、いまスポーツに取り組む若い人には、その先の目的やビジョンを持ちながらスポーツを楽しめ世界になってほしいと思います。

鈴木

スポーツというと、益子さんも言われていましたけれども、やはり、まず楽しむものです。「スポーツ」という名が付くと、競技力向上みたいなイメージされることが多いですが、本来、スポーツというのは幅の広いものであって、娯楽とか、趣味とか、本当に楽しいからやる、そういうものです。
2020年の大会を迎え、新しいスポーツの時代を、これから築いていく良いチャンスだというふうに思っています。スポーツは、やはり楽しく、自分から楽しみを求め、自らやるということを考えるものです。指導者養成の施策もスポーツ庁でも行っていますが、指導者も、スポーツをやらせるのではなくて、一緒になって育って、成長していく、そういうスポーツ界の変革が求められていると考えております。本日は、お二方にお越しいただいて、素晴らしい選手時代のお話とか、それから、今のお話を聞かせていただきました。本当にありがとうございました。

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【プロフィール】
桑田真澄(くわた・ますみ)
元プロ野球選手。野球評論家。スポーツ庁参与。
高校1年からエースとして活躍し甲子園5季連続出場(優勝2回、準優勝2回)。86年、ドラフト1位で読売巨人軍入団。通算173勝を記録。巨人軍を退団後、米大リーグに挑戦し、ピッツバーグ・パイレーツでメジャー初登板。現役引退後は少年野球の指導、プロ野球解説、執筆・講演のほかスポーツ科学の研究にいそしむ。2019年よりスポーツ庁参与に。

益子直美(ますこ・なおみ)
元バレーボール全日本代表選手。バレーボール指導者。スポーツキャスター。
中学からバレーボールを始め、高校3年で全日本メンバーに抜擢。卒業後は社会人チームに入団。80年代後半から90年代前半にかけ日本代表選手を務め、世界選手権やワールドカップへ出場。現役引退後はタレント、スポーツキャスターなど幅広く活躍。淑徳大学バレーボール部監督。

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