新型コロナが身体活動に及ぼした影響とは?
2020年春に突如現れ、私たちの生活を一変させた新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミック。当初は、予防法や治療法が確立されておらず、行動制限や活動自粛が強いられ、私たちの身体活動に大きな影響が及ぼされました。このパンデミック下において、身体活動や運動・スポーツを継続させることは喫緊の課題であるものの、その知見は乏しく手探り状態でした。その後、次々と、世界中からCOVID-19と身体活動に関する研究が報告されるようになったことから、日本運動疫学会はそれらを取りまとめ、情報を正しく伝えるよう取り組んできました。
今回のデポルターレでは、日本運動疫学会の理事で、COVID-19と身体活動ワーキンググループの一員として携わられた難波秀行准教授(日本大学理工学部)に、COVID-19と身体活動に関する種々の研究で明らかになってきたこと 1)2)をお聞きました。
※運動疫学とは、身体活動(運動・スポーツを含む)と健康との関連を研究するための学問領域で、①どのような身体活動を、どれぐらい行えば健康を維持・増進できるのか、②どうしたらより多くの人々が適切な身体活動を実践できるのかを明らかにすることを目的としています。運動疫学の研究成果は、健康日本21や健康づくりのための身体活動基準・指針の策定など、政策の根拠などに活用されています(科学的根拠に基づいた政策立案)。
COVID-19による活動制限が及ぼした身体活動の状況
2019年12月に中国湖北省武漢市で原因不明の肺炎の集団発生から始まり、2020年3月にはWHO(世界保健機関)がCOVID-19のパンデミック(世界的大流行)を発表し、日本でも各地域で外出自粛が呼びかけられ、同年4月に緊急事態宣言が発出されました。同年5月には「新しい生活様式」の実践例が発表され、テレワークやオンライン会議など、私たちの生活スタイルが大きく変わりました。そうした事態は身体活動にも大きな影響があったことがさまざまな研究によって明らかにされてきました。
- 海外の研究を調べてみて、どのような傾向がみられたのでしょうか。
-
WHOがパンデミックを発表した後のロックダウンにより、都市の交通行動が激減したことが報告されてから、COVID-19と身体活動に関するいろいろな研究が海外から発表されるようになりました。ロックダウンの影響で身体活動量は、おおむね2〜3割低下しており、中には約4割低下したという報告もありました。ただし、一律に全ての人の身体活動量が低下したわけではなく、「独居の高齢者」、「社会的な交流が少ない人」、「COVID-19の影響で所得が減少した人や失業した人」などが顕著に低下していました。
この背景として、世帯収入や教育歴、職業などで示されるSES(ソシオ・エコノミック・ステータス:社会経済状況)が影響しているのではないかと言われています。以前から、このSESと健康状態の関連が指摘されていましたが、COVID-19流行以降はその影響がより顕著にあらわれたという報告が複数ありました。
- SES(社会経済状況)以外の要因はありますか。
-
もう一つは地域性です。農村部よりも都市部の人の方がCOVID-19の影響で身体活動量の低下が大きかったことが分かりました 3)。また、公園の利用量を調査した研究では、COVID-19下において、地方の公園の利用量は変わらない、むしろ増えていたという結果でした。
さらに、身体活動を①日常生活(特に家での活動)、②仕事や学業、③移動(交通行動)、④運動・スポーツを4つの領域に分けてみると、圧倒的に「移動」の身体活動量が低下していました。私が行った調査研究では、大学生がふだん移動に使っている時間は平均で約1時間だったのが、緊急事態宣言下では平均で約5分と激減していました 4)。例えば、ふだんの移動時間が1時間で、そのうち30分ぐらい歩いていた学生は、緊急事態宣言下で通学することがなくなると、移動による身体活動はほぼなくなります。
- COVID-19発生以前より、日常的に運動・スポーツを行っていた人の身体活動はどうなりましたか。
-
同様の研究では、「運動・スポーツ」による身体活動時間は平均するとあまり変わっていませんでしたが、実施している種目がかなり変わっていました 4)。ほかの研究でも同様の結果で、特に球技や集団で行うスポーツは実施されなくなっていました。運動施設が閉場して、三密を回避するため、個人でできる運動・スポーツ種目にシフトしていました。
下図をみると、COVID-19発生前と比較して緊急事態宣言下のスポーツ活動時間は、野球、サッカー、バドミントン、テニスなどは激減し、代わりに筋トレ、ストレッチ、ウォーキングが増えていることがわかります。個人的には運動・スポーツによる身体活動時間があまり変わらなかったという結果は興味深く、やはり、運動・スポーツが好きな人は内容(種目)を変えてでも続けるのだと思いました。
COVID-19発生前と緊急事態宣言下のスポーツ活動の内容比較 4)
他者との交流が少ない人の方が身体活動は低い
- 大学の授業がオンライン化し、学生同士の交流が減ったことは身体活動に何か影響がありましたか。
-
従来、人の行動は個人の意思だけで決定するのではなく、地域や社会とのつながりなどソーシャル・キャピタル(※)や、運動・スポーツがしやすい環境かどうかがその人の身体活動に影響すると言われています。例えば、一緒に運動やスポーツをする仲間がいるか、近くに公園や運動施設があるか、歩いて公共交通にアクセスできるかなどです。
※ソーシャル・キャピタルとは、アメリカの政治学者ロバート・パットナムが唱えた、信頼や規範、ネットワークなど、社会や地域コミュニティにおける人々の相互関係や結びつきを支える仕組みの重要性を説く考え方のことです。
2020年春の緊急事態宣言により、新学期になっても登校できない学生が大勢いました。その5~6月に大学生を対象に行った調査では、4月以降に所属大学で新しい友人が複数できた人の身体活動時間の減少は少なく、一人も友人ができなかった人の身体活動時間は大きく減少していたという結果が出ました 4)。
COVID-19の蔓延前の研究では、65歳以上の高齢者に「週1回以上の運動の実施の有無」と「スポーツ組織への参加の有無」を組み合わせて要介護状態の発生状況を追跡したところ、運動を週1回以上行っていても、スポーツ組織に参加していない人たちは参加している人たちに比べて要介護状態になる危険性が1.29倍高いという結果が出ています 5)。運動・スポーツは、一人で行うよりも仲間と一緒に行うことで社会的な交流や支え合いが増えることも影響しているのかもしれません。COVID-19の影響により人との交流が減ったことで、その重要性が明るみになってきたと思われます。
身体活動の変化による健康への影響と、感染症リスクとの関係について
- 身体活動低下による健康への影響について教えてください。
-
身体活動の低下による影響が大きいのは特に高齢者の方々で、筋力が低下してフレイル(虚弱)が進行してしまったり、不安やうつなどメタルヘルスの不調を訴えたりする人が増えたと数多く報告されています。外出する機会が減って自宅に居る時間が増えた人ほどうつの発症率が高い、若年女性の方がメンタルヘルス悪化のリスクが高い、中高強度の身体活動が少なくなった人の方がメンタルヘルスに負の影響を受けているという報告もあります。
それ以外にも、家にいる時間が長くなったことで不摂生な食生活や食べ過ぎ、過体重、肥満が増えたという報告もたくさんあります。子どもを対象とした研究では、体力低下やBMIが増加したというものもありました。
身体活動量の低下が、生活習慣病やメタボリックシンドロームの発症リスクを高めるなど悪影響を及ぼすことは以前から言われていたことではありますが、COVID-19により生活様式が変わったことで問題が顕在化したように思います。
- 身体活動量と感染リスクに何らかの関係はあるのでしょうか。
-
WHOが2020年に公表した「身体活動および座位行動に関するガイドライン(WHO Guidelines on physical activity and sedentary behaviour)」では、成人は少なくとも週に150~300分の中強度の有酸素性の身体活動、もしくは少なくとも週に75~150分の高強度の有酸素性の身体活動を行うことを推奨しています。
アメリカの研究ですが、約5万人のCOVID-19患者のカルテから身体活動量を調べると、週に150分以上の身体活動を満たしている人は、入院、死亡、重症化のいずれかのリスクも低いことがわかりました 6)。
この週150分以上というのは通勤時の歩行なども含まれますので、駅まで片道20分歩いている人は「往復40分×5日間=週に200分」となります。
ほかにも、身体活動量や体力の高い人は、COVID-19の重症化リスクが低いという報告が複数されています。その理由ははっきりとはわかりませんが、一つの推測として、適度な身体活動量を満たしている人の免疫力が高い傾向にあるということが関与しているかもしれません。
2007年の研究 7)ですが、1日当たりの平均歩数が7,000歩ほどの群の免疫力が最も高く、3,000歩ほどの群の免疫力は低い傾向にあることがわかりました。一方、週3~5回ランニングをしている身体活動レベルの高い群では、免疫機能が低い傾向にあることがわかりました 8)。もちろん、年齢、性別、肥満、喫煙、既往症、睡眠や食事(栄養)の状態なども影響すると思いますが、その人の元々の免疫力が、COVID-19の罹患リスクや重症化リスクに影響している可能性があるのではないかと推測しています。
感染症回復後の運動再開のガイドライン
イギリスの医学雑誌では、COVID-19に罹患した人が、回復後、身体活動や運動・スポーツの安全な再開について、具体的に解説されています 9)。治療が終了したCOVID-19患者のうち「症状が消失していない」「過去の症状が重篤」「心筋梗塞の既往あり」に該当せず、症状が消失して7日間以上が経過した患者であれば、Phase1~5までの5段階の各Phaseの身体活動を1週間ずつ行うよう示されています。非常に低強度から少しずつ強度を上げていくアプローチが望ましいとされています。
●Phase1=身体活動・運動の再開に向けた準備期
深呼吸、柔軟、ストレッチ、バランス運動を、非常に低い強度(ボルグスケール:6~8)から行う。
●Phase2=歩行や軽いヨガ、家事などの低強度の運動
1日10~15分程度から徐々に時間を長くする。ボルグスケール11程度の強度で、30分間歩行できた場合、次のPhaseへ移行する。
●Phase3=中強度の有酸素運動、またはレジスタンス運動の導入
5分間の有酸素運動(ボルグスケール12~14)を1回のインターバルを挟んで2セットを行い、さらに可能であれば、2回のインターバル×4セットを行う。30分間のセッションを7日間行い、さらに1時間の休憩後に十分の回復できていることが確認された場合、次のPhaseへ移行する。
●Phase4=中強度の有酸素運動に加え、身体機能回復運動を含むレジスタンス運動
「ややきつい強度(ボルグスケール12~14程度)の運動で、2日実施、1日休憩の頻度で行う。7日間実施して、疲労感が残らない場合、次のPhaseへ移行する。
●Phase5=通常の運動習慣へ戻すこと
きつい強度(ボルグスケール15以上)で行ってもよい。
※ボルグスケールとは、主観的運動強度または自覚的運動強度(RPE:rating of perceived exertion)のことで、スウェーデンの心理学者Borg(ボルグ)により開発されたスケール。運動を行う本人がどの程度の疲労度、「きつさ」を感じているかを測定する指標で、この数値を10倍した数が大体その時の心拍数になります。
行動制約によって運動・スポーツの価値を再認識
私たち人間は動物であり、身体活動を満たす、運動・スポーツをするのは、人間本来の活動です。制限されたり、侵されることがあってはなりません。また、オリンピック憲章には、「スポーツをすることは人権の一つである」とあり、COVID-19下でさえ、この権利が脅かされるのは望まれることではないと思います。
COVID-19による様々な行動の制約を受けた中、身体活動と健康の関係がより一層明るみに出て、あらためて身体活動、運動・スポーツの価値が浮き上がってきたのではないでしょうか。
また、COVID-19によって生み出された新しい生活様式をプラスに考えるならば、在宅勤務になったことで、通勤に費やしていた時間を自分で管理できるようになり、スポーツがしやすくなったとも言えるのではないでしょうか。
これからは、「これだけ体を動かしたら病気になりにくいですよ。」というガイドラインも大事ですが、地域や社会とのつながりへの行動変容を促すための仕掛けも必要だと考えています。
●本記事は以下の資料を参照しています
1)日本運動疫学会 - 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と身体活動に関する研究の紹介(2023-02-01閲覧)
2)公益財団法人 健康・体力づくり事業財団 - 健康・体力と身体活動・運動に関する文献データベース(2023-02-01閲覧)
3)Yamada Y, et al. Regional Difference in the Impact of COVID-19 Pandemic on Domain-Specific Physical Activity, Sedentary Behavior, Sleeping Time, and Step Count: Web-Based Cross-sectional Nationwide Survey and Accelerometer-Based Observational Study. JMIR Public Health and Surveillance. 2023;9:e39992.
https://publichealth.jmir.org/2023/1/e399924)難波秀行、ほか.COVID-19拡大下における大学生を対象としたWebを用いた身体活動量測定.大学スポーツ学研究.第20巻 (早期公開、2023年3月発行予定).
https://daitairen.or.jp/dtr2020/wp-content/uploads/2022/12/dtsgk20_souki6.pdf5)Kanamori S, et al. Participation in sports organizations and the prevention of functional disability in older Japanese: the AGES Cohort Study. PLOS ONE 2012
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.005106146)Robert Sallis, et al. Physical inactivity is associated with a higher risk for severe COVID-19 outcomes: a study in 48 440 adult patients. Br J Sports Med. 2021;55(19):1099-1105.
7)Shimizu K, et al. Effect of free-living daily physical activity on salivary secretory IgA in elderly. Med Sci Sports Exerc. 2007;39(4):593-8.
8)清水和弘、ほか.日常生活における高レベルの身体活動が中高齢者の免疫機能に及ぼす影響.スポーツ科学研究.2008;5:19-33.
9)David Salman, et al. Returning to physical activity after covid-19. BMJ. 2021;372: m4721.
https://www.bmj.com/content/372/bmj.m4721.long