地元企業、地域と一体となった部活動を目指す日野市の部活動改革

地元企業、地域と一体となった部活動を目指す日野市の部活動改革

部活動は、学級とは異なる集団での活動を通じた人間形成の機会や多様な生徒が活躍できる場として、教育的意義の高い活動です。一方で、多くの部活動が教師の献身的な勤務によって支えられており、長時間勤務の要因や、特に指導経験がない教師には多大な負担となっているとの声もあり、「持続可能な運営体制の構築」と「教師の負担軽減」の両方を実現できる改革が求められています。
今回、教育委員会が中心となって、地元の民間企業と連携しながら、部活動改革に取り組んでいる日野市を取材しました。(取材日:令和2年12月)

運動部に関わる教員の約68%が部活動に負担を感じている

市内全教員対象アンケート『Q.部活動は負担に感じていますか?(運動部)』出典:スポーツデータバンク株式会社「日野市 部活動改革プロジェクト事業」

2019年3月、日野市ではスポーツ庁のガイドラインをベースに部活動の基本方針「部活動プロジェクト」が定められました。そのプロジェクトの骨子は大きく以下の3点です。

①希望するすべての子どもたちが部活動に親しみ、ともに高め合い、人生の基盤となる貴重な体験を積み重ねる日野市型部活を構築する。
②実現に向けて新たな指導のやり方を構築する。
③生徒と指導者の対話により自らの部活動が目指すものを共有、構築して、保護者と共に共有していく。

この方針に基づいて、日野市の中学校では多くの生徒が部活動に親しんでいますが、課題も多く、日野市では、部活動に対する負担感、指導員についての評価、運営・管理体制への期待と課題、地域部活動との連携などについて、市内全中学校8校217名の教員へアンケート調査等を実施しました。

その中では、「専門でない分野の部活動の顧問を任されてストレスを抱える教員がいる」、「教員の長時間労働の大きな原因の一つであり、職務外のため、外部委託などをして携わることがないようにしてほしい」、「未経験者による部活動指導は極めて困難」など、さまざまな意見が寄せられており、顧問の中には競技の経験がない教員も多く、運動部に関わる教員の約68%が部活動に負担を感じているとの調査結果が得られました。

こうした背景から、生徒への専門的な指導と教員の負担軽減の両立を目指す先導的な取り組みを行うために、これまで地元企業と一緒になって教育活動を作り上げてきた実績も踏まえて、競技経験者、指導経験者を抱える地元企業・スポーツクラブに指導者派遣の協力を打診しました。同時に、「日野市スポーツ指導者人材バンク」を立ち上げ、指導者の掘り起こしを行いました。今回、日野第二中学校、三沢中学校、平山中学校の3校では、コニカミノルタ、日野自動車、民間スポーツクラブのBJアカデミーから派遣される指導者のマッチングを行いました。

日野市版人材バンクの設置と育成制度の構築イメージ図出典:スポーツデータバンク株式会社「日野市 部活動改革プロジェクト事業」

部活動指導員の配置状況(令和2年12月時点)

日野第二中学校 陸上部 コニカミノルタ(株)陸上部OB
卓球部 日野自動車(株)卓球部現役選手
三沢中学校 バスケットボール部 BJアカデミー所属指導員
平山中学校 卓球部 日野自動車(株)卓球部現役選手

学校ごとに求められる指導内容が違う

部活動に外部指導者を迎えるにあたり、マッチングや調整を行う際は、どのようなことを考慮しなければいけないのでしょうか。

「部活動の指導は、学校が求めるもの、顧問が求めるもの、生徒のそれぞれの状況があり、課題は個別化してきます。それに対し、外部指導者が柔軟に対応できるかが大きなポイントです。また、学校側と企業側の意向が合致することも大切で、各企業と丁寧に打ち合わせを重ねながら学校の状況を共有し、どういう指導を行っていくのかを調整していきました。」
(スポーツデータバンク 長瀬氏)

学校と顧問の方針や考え方、生徒たちの部活動への意識の違いなど、学校ごとに求める指導への要望を汲み取ることに加え、企業価値の向上や地域への貢献、企業アスリートの活用など、企業側の事情を擦り合わせていくことが必要です。

第一線で活躍してきたアスリートから専門性のある指導

実際に外部指導者として指導に当たっているコニカミノルタの伊藤正樹さん(陸上部)、日野自動車の岩崎栄光さん(卓球部)のお二人に、部活動の指導について話を伺いました。

「正直、楽しさと喜びを感じています。これまで競技人生で培ってきた知識や経験を教えることができるのは貴重な体験です。私自身は現役を引退しているのですが、生徒たちと一緒に走れることに喜びを感じて指導しています。指導内容としては、基本動作を中心に教えていますが、その内容を取捨選択して自分に何が合っているのか、言われたことをただ受け入れるだけの受け身の人間ではなく、自分で考えられる選手になってほしいです。」
(コニカミノルタ 伊藤正樹さん)

日野第二中学校 陸上部 イメージ日野第二中学校 陸上部

「部活動は技術向上のイベントや講習会とは違い、卓球を強くなりたい生徒だけではなく、楽しめればいいと考える生徒もいます。技術的にいうと、「前陣速攻」「カットマン」を目指すかによって戦術も変わりますし、ラケットラバーの素材など使っている用具も違うので、個々の生徒に合わせた指導をしっかり考えていかないといけないと思いました。とにかく部活動を、卓球を、「楽しい」と感じてもらえるようにしていきたいですね。」
(日野自動車 岩崎栄光さん)

日野第二中学校 卓球部 イメージ日野第二中学校 卓球部

その他、両者ともに、顧問の教員たちとコミュニケーションを取り、信頼関係を築くことも大切にして指導にあたっていると語ります。
伊藤さんは箱根駅伝や数々の実業団大会の出場経験者であり、岩崎さんは全日本大学選手権や日本リーグ選手権に出場する現役選手。第一線で活躍してきたアスリートから直接指導を受けられることは、生徒たちにとって非常に貴重な経験といえます。

三沢中学校 女子バスケットボール部 イメージ三沢中学校 女子バスケットボール部

生徒たちの視野を広げ、顧問の負担軽減に

外部指導者を活用している学校や生徒にはどのような変化があったのでしょうか。練習の様子などについて話を聞きました。

「指導を始める前に目的と効果を話されていて、その練習がどのような意味を持つのか、生徒たちが心の中で組み立てられます。そのことで練習の姿勢や密度、自分にとっての練習観が変わっていったと思います。また、生徒たちが一つ一つの練習を確かめながらやっている姿が見られました。チームプレイが必要な時には、生徒たちが話し合う場面が多く見られ、自分たちで考えながら練習していることが汲み取れました。」
(日野市教育委員会 米田教育長)

「伊藤コーチの練習で生徒たちがイキイキと走り、礼儀正しく部活動に取り組んでいる姿を目にしましたし、岩崎コーチの練習に関しても、生徒たちは素直に、真面目に取り組んでおり、コーチのお二人とも学校のことをよく理解して指導していただいています。
顧問の教員も普段から生徒たちへの競技指導に熱心に取り組んでいて、勤務時間以外でも携わることもありますが、顧問以外に教えてくださる人、任せられる人がいることによって、教員にとっては、肉体的、そして精神的にも負担の軽減に繋がっていると思います。
生徒からも、このように専門的なコーチから指導を受けることができる素晴らしい練習機会に対して、感謝の声を直に聞くことができており、コーチたちには引き続き、ご指導願いたいと思っています。」
(日野第二中学校 石川校長)

他にも、顧問のなかには、幼い子どもをもつ教員もいて、「休日の練習を任せることができて助かっている」という声や、コーチが行った専門的な練習方法を普段の指導に取り入れることができて、「自分も指導法を学ぶ機会となって良かった」という声もありました。
指導者と顧問の間で積極的にコミュニケーションを取りながら良好な関係性を築けているからこそ、お互いに良い影響を与え合うことができているのではないでしょうか。

社会貢献に加えて、スポーツ選手のセカンドキャリアの観点も

指導者を送り出しているコニカミノルタ(株)とBJアカデミーに、今回の部活動改革の取り組みに参画した背景や理由について話を伺いました。

「これまでもランニング教室やイベントを通じて学校との繋がりを持っていましたが、今回の取り組みは、一過性のものでなく、継続性をもって社会貢献に取り組めることに加え、部活動の指導、学校教育に参画できることで、引退したアスリートたちのセカンドキャリアの可能性も広がると考えており、陸上部のOB、現役選手、スタッフにとってもいい機会だと思いました。」
(コニカミノルタ 角清八洲 管理部長)

「培ってきたスポーツスクールのノウハウを提供することで、地域が活性化して、バスケットボールの普及と選手の育成に繋がると考え、参画しました。事業性を高めるというより競技の普及活動の一環として取り組ませていただいています。」
(BJアカデミー 木村一明 理事)

民間企業が、部活動に積極的に関わり、競技の専門性を有する社員を指導の現場に送り出すことは、生徒がより専門的な指導を受けられるだけでなく、教員の部活動における負担の軽減に繋がり、さらには、企業も社員の多様なキャリアパスの確保やスポーツを通じた社会貢献活動の幅を広げられるなど、関係者それぞれにとってメリットが多いのではないでしょうか。

将来は、企業・大学・民間団体など地域全体で子どもたちの活動をサポート

新型コロナウイルス感染症の影響もあり、外部指導者を活用した活動はまだまだ始まったばかりですが、今後の課題も見えてきました。例えば、休日に外部指導者のみで活動を行う際の、参加生徒の出欠確認の方法、運動場や体育館など活動施設の鍵の管理の在り方、生徒と指導者間の連絡体制、怪我・事故が起きた場合の対応や責任の所在などについては、関係者の理解を得ながら丁寧に整理することが必要だと米田教育長は語ります。

「いまは生徒、指導者、教員の声をじっくりと拾い上げ、段階を踏みながら今後の基盤を作り上げている途中です。将来は他の中学校や競技にも広げていきたいですね。今後、地元の企業、大学など関係団体が一体となって、子どもたちの教育・スポーツ活動の環境を作り、支えていくというビジョンを持っていますので、いま参加していただいている企業や団体以外にも、市内で協力の手が広がっていくように取り組んでいきたいです。」
(日野市教育委員会 米田教育長)

リモートでの会議の様子リモートでの会議の様子 日野第二中学校 日野市教育委員会(左上) 日野自動車(右上)
コニカミノルタ(中央左・右) BJアカデミー(左下) スポーツデータバンク株式会社(右下)

まとめ

教育委員会が中心となって部活動改革に取り組んでいる日野市。行政や民間企業等の連携・協力により、学校と地域が一体となった部活動を創り上げようとする熱意が伝わってきました。部活動の持続可能性を高め、生徒への専門的な指導の実現や教員の負担軽減にも資する取り組みとして、日野市の事例は参考になるのではないでしょうか。
今後、部活動や子供のスポーツ環境を支える企業や関係団体の協力の輪がますます広がっていくことを期待したいと思います。

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