知っていますか?障害者スポーツを「ささえる」人たち

車いすレーサーのイメージ

スポーツ活動全般は、コーチや審判をはじめ、救護や会場整備など観客からは見えないところにいる多くの「ささえる」人たちによって成り立っています。

障害者スポーツの場合、さらに障害の特性に応じたルールや用具の準備、障害の種類や程度に応じたクラス分けなど、さまざまな工夫が行われ、より多くの職種の「ささえる」人が必要となります。しかし、そうしたサポートを行う「ささえる」人の人数が少ないことが課題となっています。今回は障害者スポーツを「ささえる」人の活動内容や、それを育成する取り組みについて紹介します。

すべての人が自分らしくスポーツを楽しむために「ささえる」

強化合宿時に手話通訳を行っている田村梢さん強化合宿時に手話通訳を行っている田村梢さん(写真左) 写真提供:日本ろう自転車競技協会

東京2020大会開催が近づき、世間の障害者スポーツへの関心も高まりつつあります。これをきっかけとして障害者をはじめ配慮が必要なさまざまな人々が、「スポーツ」を通じて社会参画することができるよう、社会全体で積極的に環境整備を進めることで、人々の意識が変わり(心のバリアフリー)、共生社会が実現されることが求められています。スポーツ庁では、その一環として、障害者のスポーツ環境整備には多様な人材が関わっていることに着目し、その「人材の育成」と「活躍の場の確保」を進めたいと考えています。

例えば、障害者スポーツ競技団体の多くは、事務局体制や運営資金などの活動の基盤が脆弱です。公益財団法人 日本障がい者スポーツ協会が行った2018年の調べによれば、日本パラリンピック委員会加盟50団体のうち、有給スタッフの数が2人以下の団体は半数以上、0人の団体も12団体存在。まずもって、障がい者スポーツ団体を「ささえる」人が足りていない現状があります。

また、「ささえる」人ということでは、真っ先にコーチや指導者が思い浮かぶと思います。前述の日本障がい者スポーツ協会では、スポーツを取り巻く環境の変化に対応できる指導者を育成し、関係団体と連携し、活動できる場を拡充することを目的に「障がい者スポーツ指導者」の育成事業を実施。障がい者スポーツ指導員(初級・中級・上級)、障がい者スポーツコーチ、障がい者トレーナー、障がい者スポーツ医の6種の指導資格を設け、障害ごとの特性や、ルールや用具の工夫の仕方など、障害のある人が安全に楽しくスポーツを行うために必要なノウハウを有した専門人材を育成。資格取得者がスポーツ指導や大会、教室、イベントのサポートを行えるように取り組んでいます。第2期スポーツ基本計画では、これらの「障がい者スポーツ指導者」を、平成27年度からの5年間で、2.2万人から3万人まで増やすことを目標としています。

さまざまな分野で活躍する「ささえる」人たち

障害者スポーツを支える職種は多種多様あります。障害の度合いから出場クラスを決める「クラス分け」を行う「クラシファイア」、聴覚障害の選手をサポートする「スポーツ専用の手話」を理解している「手話通訳者」、視覚障害の選手をサポートする「ガイドランナー」や「コーラー」、障害者スポーツ大会のサポートを行う「地域コーディネーター」といった職種もあります。

現在、活躍している4人の「ささえる」人をご紹介します。

国際クラシファイア(視覚)『障害のある選手たちのクラス分けには責任の重さを感じます』

国立障害者リハビリテーションセンター病院 眼科専門医・医学博士 清水朋美 氏

ジャパンパラ陸上国内クラス分け研修を行っているクラシファイアの清水朋美さんジャパンパラ陸上国内クラス分け研修を行っているクラシファイアの清水朋美さん(写真右)

私は眼科医なのでVI(視覚障害)の選手を対象とした「クラス分け」を行っています。「視覚障害」といっても幅広く、全盲に近い人、ちょっとだけ見える人など、人それぞれ。そうした選手を3つのクラス(B1〜3)に振り分けます。そうしたクラス分けをする人を「クラシファイア」と呼び、国際資格になっています。PI(肢体不自由)のクラシファイアの場合、陸上専門、水泳専門と特定の競技ごとにいらっしゃいますが、私たちVI(視覚障害)は、陸上、水泳、ゴールボール、柔道など、横断的にすべての競技を診ます。

クラス分けで難しいのはボーダーライン上にいる人です。障害の度合いはB1が1番大きく、B2、B3と続き、B3とNE(クラス外)の境にいる人が特に困りますね。NEだと競技に参加できなくなるので1番神経を使います。実際に陸上競技でT12(B2)で申告していた人が、T11(B1)と判定されて、急遽アイマスクをして伴走者と走らなければいけない事態になったこともありました。クラス分けは責任重大だと思います。

クラシファイアに興味をもった眼科医の人がいたら「ロービジョンケア」の知識があった方がいいと思います。それは本人のためにも選手たちのためにも。いま「クラス分け」の人材は少ないので、ぜひ、国立障害者リハビリテーションセンターの研修を受けてロービジョンについて学んでいただき、まずは「障がい者スポーツ医」の資格をとってスポーツの現場に行って、選手や関係者と信頼関係を築いて欲しいですね。

※所属先・肩書は2020年2月取材時点

スポーツ大会運営『聴覚障害のある選手のためバスケットゴールのバックボードを光らせる』

一般社団法人鳥取県バスケットボール協会 事務局長 西垣宏紀 氏

「第53回全国ろうあ者体育大会」のバスケットボールが、鳥取県で開催された際、バスケットゴールのバックボードに「光るボード」を使用。ボードはアメリカのプロバスケットボールリーグなどで使われているものをヒントに、審判がホイッスルを鳴らした時などにバックボードが点灯するようにしました。これまでホイッスルが鳴るとコートーキーパーが旗を振って知らせていましたが、コートの端に居るので選手たちが気づきにくい状況でした。

今回、私たちは「審判の笛でボードの枠が虹色に光る」「試合終了はボードの枠が赤く光る」「24秒ルールを越えるとボードの上部が黄色に光る」など、視覚的に分かるように工夫して、参加チームから分かりやすいと好評でした。

鳥取県はバスケットボール人口も少なく協力してくれる人を確保するのが難しいですが、スポーツレクリエーション祭で健常者、車いすバスケ、それぞれの試合を同じ会場で実施して見てもらうなどの取り組みで、障害者スポーツへの関心度を上げています。もっと「ささえる」人が増えればいいですね。

※所属先・肩書は2020年2月取材時点

地域スポーツイノベーター『体験会後、スポーツ活動に取り組み始めた参加者がいると聞いて嬉しかった』

大分県障がい者体育協会 鶴岡美空 氏

地域の障害者スポーツ振興において、都道府県の障害者スポーツ協会が重要な役割を担っており、大分県障がい者体育協会では、笹川スポーツ財団(以下、SSF)が発表した『政策提言2017』の実現に向け、「SSF地域スポーツイノベーター」として共同実践プロジェクトに取り組んでいます。

地域スポーツイノベーターは、障がい者がスポーツに接する機会を創出すること、0から1をつくるのが役割で、SSFの担当者と相談しながら、各関係ヵ所と連携をとって、障害者スポーツの「体験会」を実施。障害のある人もない人も共に楽しめる環境をつくり、参加者全員で交流と親睦を深めることで、スポーツの素晴らしさを理解してもらい、日常的なスポーツの習慣や生活の質の向上を目的として活動してきました。

私が体験会で心がけていることは、参加者に合わせたルールや方法など工夫して、皆さんがスポーツに参加できるように提案することです。継続して活動するにはまず“楽しむこと”が重要なので、体験会では場を盛り上げるようにしています。

また運営するうえで大事なのは、参加者・スタッフ・指導者のミスマッチが起きないよう打合せを重ねることです。専門的な競技性よりも「知る・楽しむ」を優先し、今後に繋がるように、みんなが同じ方向性で取り組めるようサポートしています。そのため、体験会後、参加者が自主的に活動を行っている報告を受けた時は「実施してよかったな」とやりがいを感じました。

※所属先・肩書は2020年2月取材時点

手話通訳『通訳者としての能力に加えて、スポーツの専門的で幅広い知識も求められる』

手話通訳士・日本ろう自転車競技協会 田村梢 氏

強化合宿時に手話通訳を行っている田村梢さん強化合宿時に手話通訳を行っている田村梢さん(写真右から2番目) 写真提供:日本ろう自転車競技協会

手話通訳は、手話を使う聴覚障害者(聞こえない人)と聴者(聞こえる人)の間で、手話を音声言語に、音声言語を手話にしてコミュニケーションを繋ぐ仕事です。私が障害者スポーツに携わったのは、もともと選手に知人がおり、競技自転車の体験があったことから、日本ろう自転車競技協会立ち上げ時より研修の通訳などを担当し、聴者の監督の招へいに伴い、2014年に正式にナショナルチームの通訳スタッフになりました。

現在は強化部スタッフとして、強化合宿、練習会や大会などに帯同し、デフリンピック(4年に1度開催される聴覚障害者のオリンピック)を目指す選手たちの通訳をしています。

スポーツの分野の手話通訳は専門性が高く、競技のルールや用語、機材、アスリートのための栄養、体の仕組み、アンチドーピングについてなど、専門的で幅広い知識も必要です。
トレーニングでは実際の動きを見て理解することも大切ですが、理論的な理解も大切です。高い練習効果を得るためには、いかに監督の意図が選手たちにしっかりと伝わる通訳ができるかがカギになります。

また、サポートスタッフとしての役割も重要です。長期に及ぶ国際大会の帯同では、練習に必要なチームホイールや工具の用意、補食の準備、選手のケアサポート、機材の運搬や管理、競技スケジュールの確認などの情報収集なども行います。選手のメンタルに寄り添える人間力、長期の帯同に耐えうる体力と精神力が求められます。

選手たちをサポートしていて嬉しいのは、何と言ってもデフリンピックで選手がメダルを獲得したこと、そして選手から「手話通訳がつき、手話で細かい説明を聞き、手話で質問ができることで、初めて本当に深く理解することができた」と言ってもらえたことです。

※所属先・肩書は2020年2月取材時点

障害者スポーツの用具を「ささえる」人たち

競技用義足をメンテナンスするアスリート

スポーツ庁では「障害者スポーツ推進プロジェクト」の一環として、パラスポーツに必要な「用具」に着目して、そこで必要とされる人材の育成に取り掛かっています。

障害者スポーツに使われる用具は高額なものが多く、例えば「車いす」にしても日常用と比べ競技用では1桁、2桁も違う金額になります。また、現在、スポーツ用車いすは、福祉行政による補装具の支給対象となっていないので、やってみたいと思ったスポーツがあったとしても、試しに使用するために高額なスポーツ用具を購入することは、現実的ではありません。特に成長期の子どもにとっては、成長に合わせて買い替える必要があることを考えると、スポーツを試すことも容易ではありません。

それらの問題を解決する一つの手段として、選手が使用していた競技用具などの、地域に眠った資源をレンタルやシェア、リユースすることが考えられますが、その際には、障害者スポーツ用具について、個々人の障害の状態に合わせた調整や保守・修理を行うことが必要となります。しかし、そのような技術を擁する人材は非常に少ない状況です。そこで、スポーツ庁ではスポーツ用具の調整等を行う人材育成への取り組みに力を入れています。

ノウハウや経験を共有して技術者を育成

スポーツ用具の保守・修理・調整を行う人材育成の例をご紹介します。

スポーツ用義足等を扱える義肢装具士の育成

(2019年12月21日「スポーツ義足フォーラム」)

現在、国内でスポーツ用義足の保守・修理・調整を行える技術者の方は、6~7名程度と言われています。このような中で、公益社団法人日本義肢装具士協会はスポーツ庁の委託事業として、義肢装具士を対象とした「スポーツ用義足フォーラム」を開催しました。

このフォーラムは、ランニングなどスポーツを希望している下肢切断者の方々のニーズに広くこたえるために、スポーツ義足を正しく扱うことのできる義肢装具士を育成することを趣旨として、同協会の支部ごとに開催されたものです。

2019年12月21日に東京都で行われたフォーラムでは、下肢切断パラリンピアン等を数多く支え続けている公益財団法人鉄道弘済会の臼井二美男さんを講師として行われました。
午前中は主にパラ陸上競技のルール説明に始まり、日常用義足と走行用義足の構造の違いや、走行用義足の製作方法についての概要説明があり、午後からは障害の状態に合わせて製作された様々な形状のスポーツ用義足に触れながら、実際に切断者モデルの方にも装着や使用感、調整方法等について質疑応答形式で実施されました。

日常用義足と走行用義足の構造は大きく違い、走行用義足は切断部分と直接接触するソケット部分と、板バネで構成されます。板バネは様々な形状があり、切断部位の状態やその方の筋力や体力に合わせて選択・調整する必要があります。さらに、パラ陸上競技の場合には、誰もが公平に購入できるパーツを使用することや、長さについても計算式により規定されていることなど、ルールに基づく調整の知識・技術が重要になります。参加者の皆さんは、積極的に講師とモデルの方へ質問するなど、今後スポーツ用義足の製作や調整に必要な技術を学んでいました。

講師の臼井さんのお話では「切断者の子どもたちが走りたいと思ったときに、いつでも走れるような社会になってほしい」という思いから、高額な板バネではなく、プラスチックで製作した子ども用の板バネの開発も進められています。

スポーツ用義足を取り扱える技術者の方が増えることによって、義足ユーザーの方々がスポーツ用義足を利用してスポーツに親しめる環境が広がっていくことが期待されます。

※所属先・肩書は2020年2月取材時点

義足フォーラムの様子走行用義足の説明をする臼井二美男氏(右)と義足ユーザーモデル中村国一氏(両足下腿切断) 写真提供:日本義肢装具士協会

スポーツ用車いすの保守修理に関する講習会

(2020年1月10日「人間総合科学大学」)

スポーツ庁委託事業では、様々なスポーツを体験することのできる「スポーツ専用車いす」を保有し、レンタル事業に取り組んでいるNPO法人D-SHiPS32を通じて、主にスポーツ用車いすの保守・点検・調整をすることのできる人材を養育成するための講座を実施しました。

「スポーツ用車いす」とひとくくりに言っても、その形状は競技によって異なります。陸上のトラック競技やロード競技でよく目にするのは、前方にもう1つタイヤの付いた三輪車の形状であったり、車いすテニスや車いすバドミントンは後方への転倒防止のために小さなキャスターが取り付けられていたり、車いすバスケットボールでは接触プレーに対応するために前方にバンパーが取り付けられていたり、車いすラグビーでは攻撃型と守備型で全く違った形状となっていたりと様々です。しかし、基本的な保守・修理・調整は、どの形状の車いすであっても大きな差はないため、今回の講座では、まずはこのような基本的な修理等ができる人材の育成を目指して開催されました。

2020年1月10日に人間総合科学大学で行われた講座では、義肢装具学専攻の学生を対象に、アイススレッジホッケー種目におけるバンクーバーパラリンピック銀メダリストであり、NPO法人D-SHiPS32代表理事である上原大祐さんが「パラスポーツを楽しめる日本へ~支える人の大切さ~」と題して講演しました。上原さん自身も、パラリンピック出場時に競技用具であるスティックが破損し、日本チームに帯同メカニックがいなかったために、韓国チームのメカニックに修理してもらった経験を持っています。

講演ではこのような経験を含めながら、プレーヤーだけでは強いチームは作れないことや、国外では健常者も障害者も一緒に車いすバスケなどのパラスポーツを楽しんでいる様子などを紹介し、パラスポーツの普及には用具メンテナンス等、支える人材の必要性を話しました。学生の中には、早速アイススレッジホッケー用具のメンテナンス方法を考案し、上原さんに提案する姿も見られました。

これらの講習を機に、未来のスポーツ用具技術者が増え、障害者の方々が手軽にスポーツを楽しむことができ、パラスポーツがさらに盛んになることを期待しています。

※所属先・肩書は2020年2月取材時点

まとめ

障害者スポーツでは、選手の障害の状態によってサポートの仕方も一様ではありません。競技だけでなく、試合会場への移動、合宿中の食事のケア、車いすなど競技用具の運搬といった役割もあります。ひょっとすると、あなたの仕事や活動が選手を「ささえる」分野に繋がっていることも充分ありえます。

誰しもスポーツを楽しめる環境づくりには、周囲の協力が必要。スポーツ観戦好きな人、昔スポーツをやっていた人、ボランティアに興味のある人であれば、一度「ささえる」スポーツに参加してみてはいかがでしょうか。

●本記事は以下の資料を参照しています

スポーツ庁 : 「~障害者スポーツの裾野の拡大~ 鈴木長官 先進事例の現場視察レポート!」(2020-03-01閲覧)
公益財団法人 日本障がい者スポーツ協会(2020-03-01閲覧)

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