これからの女性スポーツについて考えよう~すべての人がスポーツにアクセスできる社会の実現に向けて~【海外編】

これからの女性スポーツについて考えよう~すべての人がスポーツにアクセスできる社会の実現に向けて~【海外編】

「これからの女性スポーツについて考えよう~すべての人がスポーツにアクセスできる社会の実現に向けて~」(前編・後編)に続き、海外の取組について紹介していきます。

1.国際的潮流

女性のスポーツ・身体活動における参画促進は、国際的にも進められています。例えば世界保健機関(WHO)は、従来存在していた性別や年齢、社会経済状況などによって生じる身体活動へのアクセス機会の格差が、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響によってさらに拡大することを懸念しています。これは持続可能な開発目標 (SDGs)の観点からも見逃せない指摘です。

一方、国際オリンピック委員会(IOC)は、2018年に「IOCジェンダー平等再検討プロジェクト」を立ち上げ、「スポーツ(競技強化・参加促進全般)」「報道」「資金」「ガバナンス」「人事」の5つの分野で、女性の参画を進めていくことが必要としました。

現在スポーツ界では、これらの分野における様々な取り組みが進められています。次に、各国の取組を見ていきましょう。

2.オーストラリア

オーストラリアでは2000年のシドニーオリンピック・パラリンピック大会を機に、トップアスリートへの医・科学支援体制が整備され、同大会においては多くの競技でメダルを獲得しました。その後32年の年月を経て、2032年ブリスベンオリンピック・パラリンピック大会の開催が予定されています。女子の競技では、2022年に女子バスケットボール・ワールドカップシドニー大会が開催され、オーストラリアチームが3位を獲得、2023年にはニュージランドとの共催による女子サッカー・ワールドカップが控えています。

こうした大会は、女性スポーツの振興にも大きな弾みになると期待されています。とりわけオーストラリアの国民的スポーツとされる13人制ラグビーやオージーフットボール等は男性中心に普及してきたため、主要なスポーツ参加の場である地域のクラブや協会の競技施設やクラブハウスは、女性のプレーヤー・審判の利用を想定した設計となっていませんでした。2019年にオーストラリア政府は、1億9,000万豪ドルを地域の公共スポーツ施設の拡充に投じると発表し、女性用更衣室の整備も重点項目と位置づけられました。オーストラリアは州政府でも女性スポーツの振興に熱心な地域があり、例えばビクトリア州では、女子が競技用ユニフォームのせいで参加を敬遠することがないようにするための調査研究や、女性スポーツキャスターを増やすための人材育成事業などに、助成が行われています。

もちろんトップレベルの女子アスリートへの医・科学支援にも抜かりがありません。国のスポーツ医・科学拠点である、オーストラリアスポーツ研究所 (AIS) では、女子アスリートの心身の健康と競技パフォーマンスのバランスが取れた支援のため、女子アスリートを含むアドバイザリーチームが結成され、アスリート本人、保護者、現場のスタッフへの支援に加え、アスリートの摂食障害を防ぐ取組等も行われています。

オーストラリアでは、2020年にスポーツ・インテグリティ・オーストラリア(SIA)が設立され、アスリートの人権を守ることにも力が入れられています。また2021年には、国民のオンライン上の安全を守る政府機関「eセーフティ長官室」がスポーツ団体等と共同で、オンライン上のアスリートへの差別・中傷に関する声明を発出したことも注目されます。

3.カナダ

カナダでは、1985年に制定された「権利と自由の憲章 (1985年)」において、性別や民族等による差別禁止を定め、これがスポーツにも適用されることとなりました。

1981年、国内の女性スポーツの振興を担う団体としてカナダ女性スポーツ・身体活動振興協会(※現在のカナダ・ウィメン&スポーツ)が設立されました。女性・女子のスポーツ参加促進に関する調査研究や、スポーツ界の女性リーダーシップ養成に取り組んでいます。国の政策としては、2002年に作られた「カナダスポーツ政策(CSP)」があります。バンクーバーオリンピック・パラリンピック大会(2010年)の開催が決まった2003年には「身体活動スポーツ法」が制定され、2012年までにスポーツ参加における男女平等の実現を目指すことが示されました。

こうした動きはスポーツ予算にも反映されています。2018年、政府はスポーツの男女平等参画を推進するために毎年1,000万加ドルを投じると発表し、データ活用とイノベーション推進を通じて中央競技団体を支援するとしています。さらに2022年からはコロナ禍による女性のスポーツ参加の落ち込み対策としての助成プログラムが開始され、カナダローイング連盟やキッズスポーツカナダなどの団体がスポーツ参加を促すプログラムに取り組んでいます。

4.イギリス

2012年に開催されたロンドンオリンピック・パラリンピック大会(以下、ロンドン大会)は、イギリス選手団の大活躍はもちろんのこと、大会運営面や経済効果、社会包摂の面などでも様々な影響をもたらしました。

イギリスでは、自国開催でのメダル獲得に向けて、有望選手の発掘、育成に取り組みました。発掘された選手の中には、ロンドン大会で金メダルを獲得し、その後妊娠・出産を経て競技の第一線に復帰した女性アスリートもいます。こうした経緯を踏まえ、イギリスでは女性アスリートの妊娠・出産に関するガイダンスが作成されました(2021年)。イギリスのハイパフォーマンススポーツを担うUKスポーツは「根本的に家族を持つことと、エリートアスリートであることが、互いに排他的であるべきではない」とし、妊娠前から出産後の競技復帰の過程において、アスリート一人ひとりの状況に応じたサポート体制を提供できるようにする仕組みづくりに乗り出しています。また国の強化指定選手が妊娠した場合でも、妊娠中から最長で産後9ヶ月までは、選手への助成金を全額支給する方針も示しています。

一方で国民のスポーツ参加促進を担うスポーツ・イングランドでは、ロンドン大会のレガシーを確実なものとするため、消費者マーケティングの手法「インサイト分析」を取り入れました。スポーツへの参加をためらう女性たちには多くの場合、心の内に他人の目から判断される恐怖があることを突き止め、その対策として「スポーツをするありのままの女性の姿」をソーシャルメディアなどで発信する「This Girl Canキャンペーン」を展開しています。また、西ヨークシャー州ではインサイト分析を用いて、10代女子が地域の公園を使いたくても、その施設設計や利用実態が使いづらい状態にあることを明らかにしました。自治体などの公園管理者などへ呼びかけを行い、女子がスポーツをしやすい環境整備に取り組んでいます。

5.フランス

自由・平等・友愛に代表される「共和国の価値観」を国の基礎に据えるフランスでは、スポーツ界にもその遵守が求められています。例えばスポーツ団体が公的に活動するために必要な団体認可や公的助成の申請、公的施設利用などにあたっては、「共和国の価値観」を遵守することを誓約しなければなりません。スポーツ活動の基盤を定める「スポーツ法典」においても、男女平等を促進する条項の改定・追加が行われました。2017年、スポーツ大臣と女男平等大臣が共同で常設の諮問機関を設置し、トップレベルから草の根までの女性スポーツ参加促進、メディア報道のあり方、責任のあるポストへのアクセス、女性スポーツ関連産業の促進などについての提言を出しました。

来る2024年パリオリンピック・パラリンピック大会は、スポーツにおける男女平等を推進するきっかけとして期待されています。2021年7月、国連女性機関(UN Women)の呼びかけによる「ジェンダー平等のための全世代フォーラム(GEF)」がパリで開催され、フランス政府を含む主要スポーツ6団体同機関、国際オリンピック委員会(IOC)が「平等な世代のためのスポーツ原則」に署名し、国内スポーツ団体経営における女性活躍を進めていく姿勢を示しました。

また大会に向けたレガシー事業の一つに、「平等のフィールド」という認定制度があります。主要なスポーツイベントにおいてスタッフへの反差別や平等についての研修等、20以上の条件を満たした場合に認定するものです。
加えて、貧困地区の老朽化したスポーツ施設の改修において、施設デザインや利用時間などの面で、女性が使いやすくなるような計画を策定するよう促しています。また働く世代の女性に対して、職場での運動機会を提供する動きも始まっています。

6.アメリカ

アメリカの女性スポーツを語る上で、教育改正法第9編(1972年)、通称「タイトル・ナイン」を欠かすことはできません。高等教育機関における男女平等を定めたこの法律のおかげで、学生スポーツにおける女子の参加は広がりました。1972年当時は約15%に過ぎなかった大学生アスリートにおける女子の割合は、現在は約44%を占めるまでになりました。また同法が適用されない高校においても女子の競技環境整備が広がったとされています。

そしてタイトル・ナイン成立から50年を経た2023年1月、アメリカで女子スポーツに関する新しい法律「TeamUSA平等支払法」が成立しました。これは2016年にアメリカサッカー女子代表チームが、男子チームとの日当や遠征・合宿時の待遇格差を訴え、競技団体等を提訴したことに端を発したもので、今後はアメリカオリンピック・パラリンピック委員会(USOPC)や競技団体においてそのような格差を設けることが禁止されます。

2028年に開催が予定されているロサンゼルスオリンピック・パラリンピック大会の招致過程においても、「女性」は重要なキーワードでした。USOPCが大会招致を模索していた2012年、ロサンゼルス市が「IOC女性とスポーツ国際会議」を開催しました。この場においてアメリカ国務省は「スマートパワー外交構想」の一環として、女子・女性のエンパワメント事業の立ち上げを発表しました。これは対象国における女性スポーツ指導者へアメリカからメンタリングの提供やスポーツ交換訪問などを行うものです。

アメリカではスポーツをする人だけでなく、支える人、伝える人においても女性を増やす観点が取り入れられています。プロスポーツにおける経営層や上級審判等への女性登用のニュースが報じられるようになりました。USOPCはトップスポーツの支援現場に関わる理工系の女子スタッフに焦点をあてたメディアキャンペーンを展開し、将来この分野に進もうとする人材の確保を図っています。マスメディアにおける取り上げ方についても、社会正義や多様性を重んじるZ世代を中心に、デジタルプラットフォームやソーシャルメディアを活用していくべきといった指摘もあり、これからの動きが期待されるところです。

このように女性スポーツの推進については日本だけの課題ではないことが分かります。海外においても、国際競技大会の開催等を契機に様々な取り組みが推進され、またそれ以降も継続して取り組まれています。日本としても女性スポーツの推進に向けた必要な施策を引き続き進めて参ります。

執筆協力:独立行政法人日本スポーツ振興センター(JSC) 情報・国際部

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